聖書と歴史の学習館

第五の災いエジプトが伝染病に
襲われる

The Fifth Plague Doré's English Bible
Gustave Doré 1866
01/01

第五の災い

第五の災いとして描かれるのは、「家畜に広がる疫病の災い」です。ある日突然、エジプト全土で原因不明の疫病が流行し、馬、ロバ、ラクダ、牛、羊といった家畜が次々に倒れていきました。人々の暮らしを支えてきた命が、目に見えるかたちで失われていったのです。しかし不思議なことに、イスラエルの民が住む地域では、一頭の家畜も死にませんでした。聖書はここで、イスラエルの神ヤハウェが、エジプトとイスラエルとを明確に区別されたと語ります。

この出来事がエジプト人に与えた衝撃は、決して小さなものではありませんでした。牛や羊は、単なる家畜ではなく、神の力が宿る存在、あるいは神そのものの象徴として崇拝されていた動物です。その神聖な動物が疫病によって倒れるという事実は、「守ってくれるはずの神々が沈黙している」という現実を突きつけるものでした。

さらに、馬やロバ、ラクダは農作業や運搬、軍事や交易に欠かせない存在でした。これらを失うことは、農業生産の低下や物流の停滞を意味し、国の経済そのものを揺るがします。第五の災いは、信仰の土台を崩すだけでなく、エジプト社会の現実的な基盤にも深刻な打撃を与えたのです。

それでもなお、ファラオの心は頑なでした。彼は事実を確かめるために人を遣わし、イスラエルの家畜が無事であることを知りますが、それでも態度を変えません。モーセを通して示される警告と要求「イスラエルの民を解放せよという声」に耳を傾けることはありませんでした。

第五の災いは、「神聖」と信じられてきたものや、「国家を支える力」と思われていたものが、いかに脆いかを突きつけます。同時に、見える力や経済的豊かさに頼りきった人間の心が、真の問いかけを前にしてもなお変わりにくいことを、静かに、しかし重く語りかけているのです。

旧約聖書

主はモーセに言われた。「ファラオのもとに行って彼に告げなさい。ヘブライ人の神、主はこう言われた。『わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ』と。もしあなたが去らせるのを拒み、なおも彼らをとどめておくならば、見よ、主の手が甚だ恐ろしい疫病を野にいるあなたの家畜、馬、ろば、らくだ、牛、羊に臨ませる。
しかし主は、イスラエルの家畜とエジプトの家畜とを区別される。イスラエルの人々の家畜は一頭たりとも死ぬことはない。主はまた時を定め、明日、この地でこの事を行われる。」
翌日、主はこの事を行われたので、エジプト人の家畜はすべて死んだが、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。ファラオが人を遣わして見させたところ、イスラエルの家畜は一頭といえども死んではいなかった。それでも、ファラオの心は頑迷になり民を去らせなかった。

旧約聖書/出エジプト記 9章1節~7節
旧約聖書

主はモーセに言われた。「明朝早く起きて、水辺に下りて来るファラオを出迎えて、彼に言いなさい。主はこう言われた。『わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ。 もしあなたがわたしの民を去らせないならば、見よ、わたしはあなたとあなたの家臣とあなたの民とあなたの家にあぶを送る。エジプトの人家にも人が働いている畑地にもあぶが満ちるであろう。
しかし、その日、わたしはわたしの民の住むゴシェン地方を区別し、そこにあぶを入り込ませない。あなたはこうして、主なるわたしがこの地のただ中にいることを知るようになる。わたしは、わたしの民をあなたの民から区別して贖う。明日、このしるしが起こる』と。」主がそのとおり行われたので、あぶの大群がファラオの王宮や家臣の家に入り、エジプトの全土に及んだ。国はあぶのゆえに荒れ果てた。

旧約聖書/出エジプト記8章 16節~20節
EgyptianGods

アピスApis/Hapis

アピスApis/Hapisの写真

 

アピスは、古代エジプトの都市メンフィスを中心に信仰された「聖なる雄牛」です。エジプトの創造神プタハが地上に現れた姿、すなわち「神の化身」と考えられており、特別な印を持つ一頭の牛だけがアピスとして選ばれました。その存在は国家的な関心事であり、生きている間は神殿で手厚く世話を受け、人々から深い崇敬を集めていました。

アピスの牛が死ぬと、王に準じるほどの盛大な葬儀が行われ、ミイラ化されたのち巨大な石棺に納められました。現在でも、メンフィス近郊サッカラの地下墓地(セラペウム)からは、数十トンにも及ぶ巨大な石棺が発見されており、エジプト人がこの雄牛をどれほど神聖視していたかを物語っています。

また、古代エジプトには雌牛の姿で表される女神ハトホルもいました。ハトホルは母性や豊穣、生命の恵みを象徴する存在で、雌牛は「命を育み、守る力」の象徴と考えられていました。雄牛のアピスと雌牛のハトホルは、エジプトの信仰において、命と繁栄を支える中心的な存在だったのです。

こうした背景を踏まえると、第五の災いで家畜が疫病によって倒れたという出来事は、単なる偶発的な被害とは異なる意味を帯びてきます。この災いは、イスラエルの神が、エジプトの雄牛の神「アピス(Apis)」と雌牛の守護神「ハトホル(Hathor)」を打ったことを象徴しているといわれています。すなわち、エジプト人が神聖視し、命と繁栄を託してきた存在そのものが、人々を守る力を持たないことが示された、という理解です。

第五の災いは、エジプトの経済や生活基盤を直撃しただけでなく、「どの神が本当に命を支えることができるのか」という根本的な問いを突きつけました。目に見える神の像や象徴に頼ってきた信仰が揺さぶられる中で、イスラエルの神の存在が際立つかたちで描かれている点に、この物語の大きな特徴があるといえるでしょう。

参考:明石清正氏「ロゴス・ミニストリー」他
🌱 こども向けコラム

第五の災いって、どんなお話?家畜のびょうきが伝えたメッセージ

むかしむかし、エジプトという国では、牛や羊、馬などの家畜が、とても大切にされていました。ごはんをつくったり、荷物をはこんだり、人びとのくらしを支えてくれる大事な仲間だったからです🐄🐑

ところがある日、エジプトの家畜にびょうきが広がり、たくさんの動物たちがたおれてしまいました。これが「第五の災い(さいわい)」とよばれる出来事です。

でも、ふしぎなことがありました。イスラエルの人たちの家畜は、一頭も死ななかったのです。

🐮 エジプトの人たちが大切にしていた「牛の神さま」

エジプトの人たちは、牛をとても大切にしていました。中でも「アピス」という雄牛は、神さまが牛のすがたになった存在だと信じられていました。

また、「ハトホル」という雌牛の女神は、命を育て、守る神さまだと考えられていました。だから、牛がびょうきで死んでしまうことは、エジプトの人たちにとって、とてもショックな出来事だったのです。

🤔 このお話が教えてくれること

この第五の災いについて、
「イスラエルの神さまが、エジプトの牛の神さま(アピスやハトホル)を打ったことをあらわしている」 と考える人もいます。

このお話は、エジプトの人たちに「だれを信じれば、ほんとうに守ってもらえるのかな?」 と、そっと問いかけているお話なのかもしれません。

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