聖書と歴史の学習館

十字架上でも教えを説き続けたアンデレ

Saint Andrea
Jusepe de Ribera 1616
01/04

アンデレ

アンデレは、ガリラヤ湖畔ベトサイダの出身。漁師を生業としており、兄ペトロ(シオン)とともに洗礼ヨハネの弟子であった。

ある日、洗礼ヨハネが二人の弟子(うち一人はアンデレ)と一緒にいると、イエスが歩いておられた。すると、洗礼ヨハネは、彼がメシヤであることを証した。これを聞いた二人の弟子は急いでイエスのあとを追いかけ、その日は、イエスとともに過ごした。

イエスの昇天後、アンデレは主に黒海沿岸などアジア方面で布教活動を行った。ギリシャで活動中に、アイゲアテスにより投獄され、X字型の十字架で処刑され殉教。アンデレは最後まで謙虚で、師に忠実な使徒であった。

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New Testament

その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ(=先生)どこに泊まっておられるのですか」と言うと、イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。

新約聖書/ヨハネによる福音書1章35節~40節
©日本聖書教会/新約聖書
02/04

兄ペトロをイエスに紹介

イエスの元から帰ったアンデレは兄のペトロ(=シモン)にメシアに出会ったことを伝え、イエスのもとへ連れていった。

ある日、アンデレとペトロの兄弟が、漁をしていると、再びイエスに声を掛けらた。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」といわれ、彼らはすべてを打ち捨てて、イエスの後についていった。こうして、アンデレとペトロの兄弟は、イエスに弟子入りした。

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彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシアに出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ(=岩/ペテロ)と呼ぶことにする」と言われた。

新約聖書/ヨハネによる福音書1章41節~42節
©日本聖書教会/新約聖書
New Testament

イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。

新約聖書/マルコによる福音書1章16節~18節
©日本聖書教会/新約聖書
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パンと魚の奇跡をもたらしたアンデレ

イエスの信者は日ごとに増え続け、ガリラヤ湖畔の説教には、5000人余りの群衆が集まっていました。夕暮れどきになっても、人々は帰ろうとせず、誰もが空腹を感じていた。弟子たちは群衆の腹を満たすだけの食糧を持ち合わせていなかった。

そのときに、アンデレが1人の少年を連れてきた。その少年は、5つの大麦のパンと2匹の魚を持っていた。当時、大麦のパン(※)は貧困層の食べ物だった。貧しい家の少年が持って来て弁当だったことが推察される。

アンデレは、こんなに大勢の群衆の前では、少年のお弁当だけでは、何の役にも立たないだろうと、あきらめていた。しかし、イエスが感謝の祈りを唱え、それらを分け与え始めると、不思議なことに5000人全員に行き渡った。

アンデレがその少年を連れてきたことと、そして、少年が大切な弁当をみんなのために差し出した小さな愛。それらがきっかけとなり、イエスの奇跡がもたらされたといわれている。

New Testament

弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」
イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。
さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。

新約聖書/ヨハネによる福音書6章8節~13節
©日本聖書教会/新約聖書
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アンデレの宣教と殉教

イエスの昇天後、アンデレは、主に黒海沿岸などアジア地方で宣教活動を行った。最後には、ギリシャ(アカイア)(※)で宣教を行っていた。しかし、ローマ総督アイゲアテスに、キリスト教への改宗を強く迫ったことにより、怒りを買い、処刑されることになった。

※アカイア:マケドニア以南のギリシア全土。アカイアは新約時代のローマ帝国の属州名。

十字架に掛けられることになったアンデレは、「イエス様と同じ十字架では、畏れ多いので、斜め十字架にして下さい。」と自ら申し出たため、十字架を傾け、X字型の十字架で処刑された。

「聖アンデレの磔刑」 マッティア・プレティ 1651年製作<br />南オーストラリア美術館

「聖アンデレの磔刑」 マッティア・プレティ 1651年製作
南オーストラリア美術館

十字架に架けられたアンデレは、十字架上で、二日間生き続け、苦しみながらも二万人の人々に教えを説いたと言われている。アンデレは最後まで、謙虚で、師に忠実な弟子であった。

Column

アンデレクロス

アンデレクロス

 

アンデレのX字型の十字架は「アンデレクロス(聖アンデレ十字)」と呼ばれ、国旗や州旗、軍艦旗、紋章、勲章などに使われている。特に、スコットランドでは、アンデレは守護聖人となっており、X字がそのまま国旗に描かれるほど、尊重されている。また、アメリカ南北戦争のときの南軍旗やロシア海軍の軍艦旗などでも「聖アンドレ旗」としてX字でデザインされた。

〔参考・引用〕wikipedia「聖アンデレ十字」
〔出典・参考〕
日本聖書教会「新約聖書(新共同訳/口語訳)」/新日本聖書刊行会「新改訳聖書第三版」/創元社「聖書人物記」/日本文芸社「人物でよくわかる聖書(森実与子著)」/株式会社カンゼン「聖書の人々」/wikipedia/webio「世界宗教用語大事典」/ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」