
イエスの12弟子・12使徒神の国実現に向けて、特別に選ばれた12人
Leonardo da Vinci 1495 - 1498
イエスの12弟子(12使徒)とは
イエスには多くの弟子がいましたが、その中から特別に選ばれた12人の弟子は「12弟子」と呼ばれています。12弟子は、ペテロをやアンデレなどガリラヤ出身の漁師が多く、徴税人のマタイや熱心派(反ローマ帝国の過激派)のシモンなどがおり、イエスからその教えを学びました。
イエスの昇天後、12弟子はイエスの教え「福音」を伝えるために、各地で布教を行ないました。そのため、12弟子は「送り出された者」という意味で「12使徒」とも呼ばれます。
※日本語で「使徒」と訳されていますが、ギリシャ語では、「大使」「派遣された者」「送り出された者(使者)」などの意味があります。つまり、イエス・キリストを王とする「神の国の大使」であり、宣教のために「派遣された者」であり、キリストを知らない人へ送り出された「使者」といえます。
イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳
イエスの12弟子(12使徒)一覧

ペトロ(シモン・ペテロ)
●アンデレの兄 ●漁師 ●ガリラヤ・ベトサイダ出身(のちカファルナウム在住)
湖で網を打っていた漁師が、やがて世界を揺るがす指導者へ。衝動的で失敗も多いが、誰よりも熱い心の持ち主。イエスから「岩(ペトロ)」と名を与えられ、「天の国の鍵」を託されたと福音書に記される。使徒言行録では初期教会の中心人物。ローマで宣教し、ネロ帝の迫害下で逆さ十字架で殉教したという話は古い教会伝承に伝えられる。後に「初代教皇」と呼ばれる存在となった。

アンデレ
●ペテロの弟 ●漁師 ●ガリラヤ・ベトサイダ出身
兄ペトロをイエスに引き合わせた“つなぐ人”。もとは洗礼者ヨハネの弟子で、最初にイエスに従った一人と福音書に記される。前に出るよりも、誰かを導く静かな情熱家。復活後の詳しい活動は聖書にないが、ギリシアで宣教し、X字型の十字架で殉教したと伝承に語り継がれている。

大ヤコブ(ゼベダイの子ヤコブ)
●ヨハネの兄/ゼベダイの子 ●漁師 ●ガリラヤ出身
情熱的な兄弟の兄。イエスから「雷の子」と呼ばれたほどの激しさを持つ。使徒言行録には、王ヘロデ(ヘロデ・アグリッパ1世)によって斬首されたと記され、十二使徒の中で最初に殉教した人物とされる。スペインまで宣教したという話は後代の伝承だが、今も続くサンティアゴ巡礼の原点となっている。

ヨハネ
●大ヤコブの弟/ゼベダイの子 ●漁師 ●ガリラヤ出身
「愛された弟子」と呼ばれる繊細で深い人物。十字架の場面にも立ち会ったと福音書に記される。使徒言行録では教会の柱の一人。晩年にパトモス島へ流され、『ヨハネの黙示録』を書いたというのは伝統的理解。愛を語り続けた“最後の使徒”と伝えられている。

フィリポ
●バルトロマイの友人 ●漁師(※聖書に明記なし) ●ガリラヤのベトサイダ出身
理性的で現実的なタイプ。群衆の食事を心配する姿や、ギリシア人をイエスに紹介する場面が福音書に描かれる。復活後の活動は聖書に詳しくないが、各地で宣教し、ヒエラポリスで殉教したと伝承に残る。静かだが重要な橋渡し役だった。

バルトロマイ(ナタナエル)
●ナタナエル/フィリポの友人 ●ガリラヤ・カナ出身
「これぞ本物のイスラエル人」とイエスに称えられた誠実な人物。福音書ではナタナエルと呼ばれ、バルトロマイと同一人物とするのは教会伝承による。遠方まで宣教したと伝えられ、アルメニアで皮をはがれて殉教したという壮絶な物語も語り継がれている。

トマス
●ユダ・トマス・ディディモ ●漁師または大工 ●ガリラヤ出身
疑い深いと言われるが、誰よりも正直な求道者。イエスの復活を疑ったことから「疑心のトマス」と呼ばれるが、最後には「わが主、わが神」と告白した姿が印象的。インドまで宣教に赴き、槍で殉教したという伝承が今も南インドに残る。疑いから始まる信仰の象徴的人物。

マタイ(アルファイの子マタイ)
●レビ/アルファイの子マタイ/小ヤコブと兄弟 ●徴税人
当時嫌われ者だった徴税人から使徒へ。イエスに招かれたとき、すべてを捨てて従ったと福音書に記される。教会伝統では『マタイによる福音書』の著者とされる。各地での宣教の末にエチオピアまたはトルコのヒエラポリスで殉教したとの伝承がある。過去を背負いながらも、新しい人生を歩んだ人物。

小ヤコブ
●アルファイの子/マタイと兄弟
聖書では名前のみが多く語られる“静かな使徒”。目立つ場面は少ないが、だからこそ誠実に歩み続けた人物とも言われる。エルサレムの神殿で殉教したという伝承が残る。「小」という呼び名の理由もはっきりしないが、歴史の陰で支えた存在といえる。イエスの埋葬を手伝った敬虔な弟子とも言われている。

タダイ
●ユダ・タダイ/小ヤコブの兄弟または子
最後の晩餐でイエスに質問した一人(ヨハネ14章)。控えめながら、核心を突く問いを投げかけた人物。後代資料ではアルメニアで宣教し、棍棒・斧で殺害され殉教したと伝えられる。聖母マリアの親族とする伝承もある。

熱心党のシモン
●反ローマ帝国の過激派組織 ●熱心党
「熱心党」と呼ばれ、かつては反ローマ運動に関わった可能性も指摘される人物。激しい時代を生きた革命家が、やがて福音の宣教者へ。復活後の詳細は聖書にないが、各地で宣教しペルシアで鋸で2つに切られて殉教したと伝えられる。情熱が方向を変えた象徴的存在。

イスカリオテのユダ
●イスカリオテ出身
殺害をたくらむ反イエス派に銀貨三十枚でイエスを引き渡した人物(マタイ26章)。裏切り者の代名詞とされるが、福音書はその後の深い後悔も伝える。最期については二つの記述(首をつった、転落して体が裂けた)があり、謎も多い。光の物語の中に置かれた影の存在。

マティア
●イスカリオテのユダの後任
使徒言行録に、祈りとくじによって選ばれたと記される補充の使徒。復活の証人であることが条件だった。派手な逸話は少ないが、使命を受け継ぐ象徴的存在。石打ちの刑さらに斧で斬首されて殉教したとの伝承も残る。
※ベトサイダは、ガリラヤ湖沿岸の漁村。
※イスカリオテは町名、族名、家系など、さまざまな説があります。
徴税人

ローマ当局は、帝国内の各地で個人の徴税人に業務を請け負わせていました。毎年決まった額を当局に納めることになっていましたが、徴収方法は一任されており、余計に取り立てた分は徴税人本人の収入になりました。そのため、徴税人は担当区域の人々を脅迫することもあったようです。徴税人は欲が深くて、金に貪欲なものがなる仕事だと忌み嫌われていました。また、税金はユダヤの支配者であるローマに入るので、徴税人は裏切りものとして憎まれていました。
欧米人の名前に刻まれた「12使徒」と聖書の物語
欧米の名前を見ていると、不思議なほど同じ名前に出会います。ジョン、ピーター、トーマス、メアリー …。それらの多くは、実は12使徒や聖書の人物、聖人に由来しています。名前の背後には、2000年にわたる信仰と文化の歴史が流れているのです。
12使徒に由来する代表的な名前
たとえば――
- ペトロ(ペテロ)
→ ピーター(Peter)
ペトロの名は、ギリシャ語で「岩」を意味します。教会の土台とされた人物であり、英語圏では最も一般的な男性名の一つになりました。 - アンデレ(アンドレ)
→ アンドリュー(Andrew)
アンデレに由来し、スコットランドの守護聖人としても知られています。 - ヤコブ(大ヤコブ)
→ ジェームズ(James)/ジミー(Jimmy)
ヤコブの名は、ラテン語・フランス語を経て「ジェームズ」へと変化しました。スペイン語では「サンティアゴ」になります。 - ヨハネ
→ ジョン(John)
ヨハネに由来し、「神は恵み深い」という意味を持ちます。英語圏で最も多い名前の一つです。 - トマス
→ トーマス(Thomas)/トム(Tom)
トマスは「双子」という意味を持つ名。短縮形の「トム」も広く使われています。 - シモン
→ サイモン(Simon)
シモンの名から派生しました。
こうして見ると、欧米社会では「聖書の人物の名」が日常の名前として自然に受け継がれてきたことがわかります。
ビートルズの名前も聖書由来?
世界的ロックバンド ビートルズ のメンバーの名前も、その流れの中にあります。
- ジョン・レノンの「ジョン」はヨハネに由来
- ポール・マッカートニーの「ポール」は伝道者パウロに由来
- ジョージ・ハリスンの「ジョージ」は聖人ゲオルギウス(セント・ジョージ)に由来
ロックの象徴のような彼らの名前も、実は聖書と教会の歴史の延長線上にあるのです。
女性の名前に込められた聖書の物語
女性の名前も例外ではありません。
- メアリー(Mary)
→ マリア(イエスの母)に由来
キリスト教圏で最も広く使われた女性名です。 - エリザベス(Elizabeth)
→ エリサベツ(洗礼ヨハネの母)に由来
「神は私の誓い」という意味を持ち、王族の名前としても広まりました。
このほかにも、アンナ(ハンナ)、マルタ、マグダレナ、ルカ、マルコなど、聖書や聖人に由来する名前は数え切れません。
名前は「信仰の記憶」
中世ヨーロッパでは、洗礼の際に聖人の名を授かる習慣がありました。 その聖人が人生の守護者になると考えられていたのです。 つまり欧米の名前は、単なる呼び名ではなく、信仰と歴史の記憶を受け継ぐしるしでもあります。 私たちが何気なく耳にする「ジョン」や「メアリー」という名前の背後には、12使徒と聖書の物語、そして2000年の文化の積み重ねが息づいているのです。
小さな集まりが、やがて帝国を動かすまでに
― キリスト教誕生のドラマ
いまや世界最大級の宗教となったキリスト教。しかし、その始まりは、決して“巨大な宗教”ではありませんでした。
イエス・キリストが活動していた当時、それはまだユダヤ教の一運動にすぎませんでした。弟子たちとともに語り、病をいやし、神の国を説いたイエス。けれども、その教えが「キリスト教」という新しい宗教として歴史に刻まれるのは、イエスの死後のことです。
迫害の中で広がった希望
イエスの死後、中心となったのは12使徒でした。彼らは恐れに閉じこもるどころか、エルサレムの町から外へと踏み出します。教会はまずエルサレムで誕生し、やがてパレスチナを越え、小アジア(現在のトルコのアジア側)、さらにギリシャへと広がっていきました。
その広がりは、決して安全な旅ではありませんでした。当時の世界を支配していたのは、圧倒的な力を誇るローマ帝国。皇帝は神格化され、「皇帝崇拝」が国家の秩序を支えていました。
しかし、キリスト教徒は「神は唯一である」と告白し、皇帝を神として拝むことを拒みました。その結果、彼らは「国家への反逆者」「危険思想の持ち主」とみなされ、激しい迫害を受けます。投獄、拷問、そして処刑―。
12使徒のうち、ヨハネを除く11人が殉教したと伝えられているのも、この時代です。
命がけの伝道。それでも彼らは語ることをやめませんでした。
なぜか。
彼らは「復活したイエスを見た」と確信していたからです。
帝国を揺るがす転換点
ところが、歴史は思いがけない方向へ動きます。313年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世が発布した「ミラノ勅令」によって、キリスト教は公認されます。それまで迫害してきた帝国が、突如として信仰の自由を認めたのです。さらに392年、皇帝テオドシウス1世は、キリスト教をローマ帝国の国教と定めました。かつて地下墓所(カタコンベ)でひそかに祈っていた人々の信仰が、ついに帝国の中心へ―。
歴史最大の逆転劇
小さな集まり。
無名の漁師たち。
迫害と殉教。
それでも消えなかった信仰は、やがて世界帝国の政策を変えるまでに成長しました。 12使徒たちは、自分たちの歩みがここまで大きな歴史になるとは、想像していなかったかもしれません。
しかし歴史は語ります。
信じ続けた少数者の物語が、世界を変えることがあるということを。
日本聖書教会「旧約聖書」/日本聖書教会「新約聖書」/創元社「聖書人物記」/日本文芸社「人物でよくわかる聖書(森実与子著)」/株式会社カンゼン「聖書の人々」/wikipedia/webio「世界宗教用語大事典」