聖書と歴史の学習館

信仰基台と実体基台

Noah's Ark Edward Hicks 1846

神は人間を自らの子として創造されました。 それは、人間は成長すれば神のようになることを意味します。 そのため、神は自らの似姿として人間を創造されました。

神は創造主であり、宇宙の支配者です。 神の持っている創造性と、宇宙(被造世界)の支配権を 我が子である人間に与えるため、人間に条件を課しました。 それが、信仰基台と実体基台でした。

信仰基台と実体基台、神の天地創造における人間の責任分担です。 天地創造の偉業を人間に加担させ、 人間に神の子としての立場を与えようとされたのです。

端的にいえば、信仰基台は神のみ言を信じ従うことであり、 実体基台は信仰基台の上で神と心情一体化をなすことでした。 しかし、人間始祖の堕落により、蕩減復帰時代においては、 本来の信仰基台と実体基台に、蕩減復帰的な意味合いが付与され、 見かけ上、本来とは異なる形で造成されてきました。 ただし、2つの基台の創造原理的な本質は変わりません。

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信仰基台

信仰基台は、神のみ言を信じ、それに従順に従って、 成長期間を全うすることにより立てられます。 これにより、神への信仰が確立されます。 堕落した人間にとっては 「私の主人は、サタンではなく、神様です」という神のみへの信仰を示す蕩減復帰的な意味合いが付与されます。 換言すれば、「神様を親であることを認め、愛すること」です。 なお、復帰摂理の初期の段階での信仰基台は、神へ「供えもの」をすることでした。


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実体基台

「実体基台」は、信仰基台を造成した上で、神と直接的に繋がり、 心情一体化をなすことです。 しかし、堕落した人間は、神との繋がりが切れてしまい、 サタンとの繋がりを持ってしまいました。 神は、汚れたものに直接的に接触することができないので、 人間は神と直接的に繋がることができなくなりました。 そのため、より神に近い存在の人間(アベル)を仲保として、 心情一体化しなければ、 神と繋がり、心情一体化できないのです。 そのため、実体基台は「アベル・カイン」とよばれることがあります。

また、復帰摂理において、実体基台を造成することは、 蕩減復帰的な意味合いも付与されます。 それは、人間を天使長と同じ立場に立たせ、天使長と同じ心情にして、 それを克服させる摂理です。 そして、天使長と同じ過ちを繰り返さなかったということを 人間に行為で示させようとされたのです。

これが成功すれば、神はサタンの讒訴条件を退け、 サタンに対し「私の子はお前と同じような行動はしなかったではないか、 人間は私の子である」と主張し、 人間をサタンから奪い返すことのできる条件となるのです。


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アダムの家庭における信仰基台と実体基台

人間始祖は神の言葉を信じず、サタンの言葉を信じて、堕落してしまいました。 これを蕩減復帰するために、 神は、アダムとエバの長男カインと次男アベルに、 神のみ意にかなうように供えものをするよう命令しました。 人間に神を信じさせ、供えものを捧げさせることにより、 信仰基台(み言を信じ、従う)を立てさせようとされたのです。 長男カインと次男アベルは、2人とも神を信じて供えものをしました。 これが信仰基台が造成されました。

さらに、実体基台を立てるためには、カインがアベルを仲保として、 神と心情一体化する必要があります。 そのためには、カインはアベルを愛する必要があります。 そこで、神はカインを天使長と同じ立場に立たせるため、 アベルの供えものは、受け入れて、カインの供え物は無視されました。

見かけ上、神はカインを愛していないような立場に立たせ、 アベルを仲保として、神と心情一体化させる摂理をされたのです。 当然ながら、カインは天使長と同じように、嫉妬します。 カインはその気持ちを抑えて、見かけ上、 神により愛されているアベルを愛し、 アベルを仲保とすることで実体基台(蕩減条件)が成立するのです。

天使長ルーシェルは、人間の主管下で、人間を仲保として、人間を愛し、 愛されることにより、神と心情一体化する立場にありました。 しかし、神が最も愛する人間を愛せずに、嫉妬してしまい、 それが憎しみに変って、神に反逆するようになり、 人間をそそのかし、人間を所有してしまいました。

天使長がエバをそそのかして、 神から「食べたら死ぬであろう」という木の実を食べさせ、 殺してしまった(※)ように、 天使長と同じ立場に立たされたカインは、アベルを殺害してしまいます。 これにより、アダムの家庭における救いの摂理は失敗に終わります。

※旧約聖書では、人間が神の所有(主管)にあるのではなく、 サタンの所有(主管)になってしまったことを 象徴的に「死」と表現してします。