聖書と歴史の学習館

キリスト教の
公認と国教化

Baptism of Constantine コンスタンティヌスの洗礼
Gianfrancesco Penni 1520-1524年製作
Vatican Museums バチカン美術館/バチカン市国
01/04

迫害を受け続けたキリスト教徒

聖霊降臨(五旬祭)の後、キリスト教の布教活動が本格的に始動し、信者の数も順調に伸びていった。しかし、皇帝よりも神を崇拝するキリスト教徒が増え続けることを危惧したローマ皇帝は、彼らを弾圧・迫害するようになっていった。一方、キリスト教信者たちは、表立った活動ができなくなり、カタコンベと呼ばれる地下墓地で、細々と信仰を守りながら、人々に福音を伝えていた。ローマ帝国によるキリスト教徒への迫害は約300年間続いた。

02/04

ミラノ勅令 - キリスト教の公認

305年、キリスト教徒に対し、狂暴的な迫害を加えた皇帝ディオクレティアヌスが退位すると、翌年にはコンスタンティヌス1世(在位:306年~337年)が即位した。しかし、ローマ帝国には権力争いが勃発し、内乱が続いていた。

ギリシア文字のΧとΡを重ねた紋章は「ラバルム(Labarum)」と呼ばれ、イエス・キリストの象徴となっている

ギリシア文字のΧとΡを重ねた紋章は「ラバルム(Labarum)」と呼ばれ、イエス・キリストの象徴となっている

これを治めるべく、戦場に向かったコンスタンティヌス1世は、ある晩、奇跡的な体験をした。夢の中に「XP」という模様ともに「この印とともにあれば勝利する」という文字が浮かんだのだ。コンスタンティヌス1世は、これは神による予兆と見なし、兵の盾に「XP」の模様を描いて戦かったところ、勝利した。

「XP」とは、ギリシャ語で「XPIΣTOΣ(クリストス)」の頭文字。つまり「キリスト」を表している。

内乱を治め、再び帝国を一つにしたコンスタンティヌス1世は、これまで歴代の皇帝が、弾圧し、迫害してきたキリスト教を公認。これが、313年の「ミラノ勅令」だ。

コンスタンティヌス1世は、キリスト教徒から絶大な信頼を受け、晩年には洗礼を受けて、キリスト教に改宗した。

※コンスタンティヌス1世のミラノ勅令を出した思惑はローマ帝国の統一だった。当時、ローマにおいてキリスト教徒は、苦難の中にあっても増え続けていた。彼は、これまでと同じようにキリスト教徒に対し、迫害を続けていても、国を統一することができないと判断。そこで、キリスト教を認め、ローマ帝国の統一に利用した方が得策と考え、キリスト教を公認した。

03/04

キリスト教徒になったローマ皇帝

その後、皇帝コンスタンティヌス1世は、ローマの首都を今のトルコの最大都市イスタンブールに移した。当時、イスタンブールは、「コンスタンティノープル」という都市名だった。これは「コンスタンティヌスの都市」という意味であり、皇帝の名にちなんで名づけられた。

コンスタンティーノプルには、聖ソフィア聖堂がある。その南側の入り口には、モザイク画には、コンスタンティヌス帝が、マリアとイエスに、城壁に囲まれたコンスタンティーノプルを捧げている場面が描かれている。ローマ皇帝がキリスト教に改宗したことが見て取れる。

聖ソフィア聖堂のモザイク画
右側がコンスタンティヌス帝

04/04

キリスト教の国教化

ローマ帝国に公認されたキリスト教は、ますます信者を増やし、勢力を拡大した。そして、熱心なキリスト教徒だったテオドシウス1世(在位:379年~395年)は、392年にキリスト教を国教化し、ローマ帝国における他の宗教を禁じた。ローマ帝国自体がキリスト教に改宗したのだ。

当時、ローマ帝国は世界の中心であった。キリスト教がローマ帝国の国教になったということは、世界一の宗教になったことを意味する。

イエスの磔刑、そして、12使徒たちによる命がけの伝道が始まってから約400年。ようやく、イエスが目指していた「神の国の建国」に向けた第一ステージにたどり着いた。

Column

ヘレナSaint Helena

ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がキリスト教を公認した背景には、母ヘレナの影響があったといわれている。ヘレナはもともと庶民だったが、あるとき捕虜として捕らえられた。しかし、美貌と才能を時の皇帝(コンスタンティウス・クロルス)に見初められ、274年にはコンスタンティヌスを生み、ローマ皇帝の母となった。数奇な人生を送ったヘレナは313年にキリスト教に改宗した。

〔参考・引用〕テレビ東京「137億年の物語」
Column

聖十字架伝説True Cross

ローマ皇帝コンスタンティヌス1世の母ヘレナは、エルサレムを訪れたとき、予知夢を見た。彼女は夢の中で、イエスが磔にされた十字架の隠された場所を告げられた。その場所を掘らせると、本当に十字架が出てきた。

ヘレナは、その場所に「聖墳墓教会」を建てた。イエスが処刑されてから、300年経ったあとの出来事であった。

〔参考・引用〕テレビ東京「137億年の物語」
〔出典・参考〕
テレビ東京「137億年の物語 - ローマ皇帝、キリスト教徒になる」/梅本憲二「日本と世界のやさしいキリスト教史」/wikipedia/wikimedia