神が人間と万物を奪い返す摂理
Column

宗教religion

宗教を英語でreligionといいます。ラテン語のreligioに由来し、接頭語のreは「再び」という意味で、ligioは「結びつける」という意味のligareから派生した語といわれています。この語源から、宗教は「再び結びつける」、すなわち「神と人間との関係を再び結びつける」という意味になることが推察されます。つまり、宗教とは、サタンと関係を持ってしまった人間を、再び神との関係を取り戻すための営みといえるでしょう。

復帰の摂理神とサタンが展開する争奪戦

復帰の摂理とは、いわば、我が子である人間をさらわれた神が、サタン世界に監禁されている我が子を救い出すための人類救援の摂理です。


01/06

神の天地創造は未完了

神の天地創造において、人間の創造は佳境であり、最終段階の最も重要なプロセスでした。神は、自らの血統を持つ我が子として人間を創造し、創造主としての立場を与えたかったために、天地創造の一端を担わせました。神ですら加担できない天地創造の責任分担を人間に与えたのです。

天地創造における人間の責任分担とは、人間が自らの力で、神の血統を持つ人間(始祖)として成長することでした。これは、人間自身が人間を完成させるという意味です。そして、天地創造に人間も加担したという条件のもと、神は、人間に神の血統を持つ我が子としての地位を与え、被造世界のすべて(万物)を与える摂理をされたのです。神は、最高の愛の対象として、最高の喜びの対象として、すべてを我が子に与えるために、人間を創造されました。

しかし、人間始祖であるアダムは成長過程において、サタンと血縁関係を結んでしまいました。人間はサタンの血統を持つサタンの子となってしまいました。これを「堕落」といいます。結果として、人間が所有すべき被造世界(万物)もサタンに奪われてしまいました。ここに、神の天地創造が頓挫してしまいます。神は栄光ではなく、サタンにすべてを奪われた孤独で惨めな神となりました。人間が責任分担を果たすことができずに、サタンと血縁関係を結ぶことにより、神をどん底に突き落としてしまったのです。その後、神は人間と被造世界(万物)をサタンから奪い返す摂理を進めてこられています。神の天地創造はまだ終わっていないのです。神の摂理を完了させるためには、被造世界(万物)の所有権を神側に戻すとともに、人間がメシヤ(救い主)を迎え、サタンの血統から神の血統に転換しなければなりません。


02/06

復帰の摂理とそれが困難な理由

神は絶対的なお方なので、天地創造も絶対的です。天地創造の途中段階で投げ出すことはできません。最初に立てた創造目的を必ず達成します。そうでないと、神の絶対性が失われてしまいます。

救いの摂理は、サタンの支配下におかれた人間と被造世界(万物)を奪い返すことです。いわば、親である神が、我が子をさらわれ、サタン世界に監禁されている我が子を救い出す摂理です。 救い出された人間は神の世界で、再び成長し、完成することにより、神の摂理(天地創造)が完結します。 そのため、救いの摂理は、人間がサタン世界から神の世界に帰る摂理であるため「復帰の摂理」といわれます。

しかし、人間の堕落は、神ですら加担できない人間の責任分担の中で起こったことです。そのため、神は人間が復帰する環境を整えることはできても、直接的な加担はできません。人間自らの責任で復帰していく必要があるのです。そこに復帰の摂理の困難さがあります。


03/06

人類の責任分担はメシヤを信じ、従うこと

2000年前、神はメシヤ(救い主)として、人間としてイエス・キリストを遣わしました。人間が自らの責任で復帰していく必要があるため、メシヤも人間でなければなりません。人類がそのイエスを信じ、従順となり、救いの道を歩むか否かは人間の責任分担です。

しかし、人類はイエスを信じることができず、十字架で殺害してしまいました。人類が責任分担を果たせずに、復帰の摂理を破綻させてしまったのです。それから約2000年間、神はキリスト教を中心に、再び復帰の摂理を進めてこられました。そして、今、再びメシヤを迎える時代となっています。人類がメシヤを信じて、救いの道を歩むか否かの選択は人間の責任分担です。復帰摂理は、神が環境を整え、人間が責任分担を果たすという、いわば「神と人間の連携プレー」によって行われるのです。


04/06

現代は再びメシヤを迎える時代

イエスから現代の再臨の時代まで、2000年間もかかりました。なぜ、神は、イエスが殺害されて、すぐに次のメシヤ(再臨主)を遣わすことができなかったのでしょうか。それは、神は絶対的な方なので、失敗は許されないからです。人類がイエスを殺害することにより、神の摂理が、失敗した状況に陥ってしまいました。しかし、神は失敗が許されないので、その失敗した状況をなかったことにする必要があります。たとえ、人間の責任分担の中で失敗したとしても、それは神の天地創造の偉業の中で起こったことだからです。 それゆえに、人類が自らの責任分担で、イエスを殺害したが、殺害しなかったという条件をつくる必要があったのです。

そのために、人類は自らの責任で、歴史をとおして、それまでの摂理を修復しなければなりませんでした。その一例を挙げれば、イエスを殺害したユダヤ民族(イスラエル民族)の歴史です。彼らの歴史は、離散し、放浪し、迫害を受けるなど、目も当てられないほど悲惨なものでした。約2000年間かけて、ユダヤ人としての復帰摂理の修復(いわば「代償を払う期間」)が終わり、1948年にユダヤ民族の国、イスラエルが建国されました。


05/06

神の摂理は一人の人物から始まる

神は、サタンの世界から、人間(中心人物)を選び出し、そこから救いの摂理を始められます。摂理はアダムの家庭からすでに始まっていましたが、私たちが理解できる形で摂理が顕現したのは、ノアの洪水でしょう。神はノアとその家族のみを選び、それ以外の罪悪世界をすべて滅ぼしてしまわれました。しかし、ノアの次男ハムの過ちにより、神の摂理は頓挫してしまいます。

その400年後、神はアブラハムを選び、その子イサクを経て孫のヤコブのときに家庭レベルで神の版図をつくることに成功します。アブラハムの子孫は増え続け、氏族から民族レベルへと神の版図が広がりました。今でも、アブラハムはイスラエル民族の祖父とされ、イスラエル民族(ユダヤ民族)は神から選ばれた選民という意識を持っています。


06/06

現代の神の摂理は世界レベル

アブラハム・イサク・ヤコブ以降、モーセ、ソロモン、イエス・・・と続き、イエス以降は、ユダヤ民族に代わり、キリスト教信徒を中心として、世界的なレベルで摂理が展開されています。繰り返しになりますが、神の摂理はサタン世界から、神側の世界に人間と万物(土地や財物など)を奪い返すことです。人類の歴史は闘争の歴史といわれますが、これは神がサタン世界から、人間と被造世界(土地や財物など)を争い返す摂理が進められているために起こっているといわれています。先の世界大戦でも、欧米を中心とするキリスト教国家群が勝利を収めました。