空気、時間、電波、ヒッグス粒子、心など目に見えないものの存在

見えないのになぜ信じられるのか

目に見えないもの存在について

私たちは目に見えるものは、その存在を信じることができます。太陽や月、自然界の動植物、目の前にあるパソコン、スマートフォン…。これら目に見えるものの存在を否定する人はいません。

月夜の絵

目に見えるものの存在を疑う人はいない

一方、見えないものの存在については、信じることができる場合とそうでない場合があります。

例えば、空気は目に見えなくても、誰もが空気が存在することを信じています。一方、神や霊界などについては、人それぞれです。
ここでは、目に見えないものが、なぜ信じることができるのかを考えてみます。


空気

目に見えないものの中で、誰もが信じている代表例は「空気」でしょう。空気は見えませんが、「空気など存在しない」などと言う人はいません。幼い頃から親や学校の先生に「人間は空気を吸って生きている」「生物は空気がないと生きていけない」などと、教わっていることが、空気の存在を信じている理由の一つといえるでしょう。

また、少し科学的に表現して、空気が存在するがゆえに起こるさまざまな目に見える現象があるからともいえるでしょう。

例えば、空気があるからこそ、上昇気流で雲ができ。雷が鳴り響き、雨が降るのです。ときには、虹が架かることもあります。空気がなければ、このような現象は起こりません。

空気がなければ、雲の発生や降雨などのさまざまな気象現象は起こらない

虹とさとうきび畑

空気が存在するゆえに、引き起こされるさまざま現象を視覚や聴覚で感じとることができるから、目に見えない空気の存在を信じることができるのです。

※空気は、酸素や二酸化炭素、水分(水蒸気)などが集まったもので、科学(化学)では「混合物」と呼ばれています。


時間

「時間」も目に見えません。しかし、「この世には時間が存在しない」という人はいないでしょう。その理由は、目に見えない時間を、時計の針が動くなど、別の現象により、目に見える形で認識できるからです。

時計は目に見えない時間をビジュアル化している


電波

電波も目に見えません。しかし、私たちは、テレビやラジオ、携帯電話などは電波により通信しているということを教わっています。さらに、目に見えない電波を、テレビの映像やラジオや携帯電話の音声などによって、視覚や聴覚で、電波の存在を別のかたちで認識しています。そのため、電波は目に見えなくても、その存在を信じることができるのです。


ヒッグス粒子

ヒッグス粒子は、2013年に発見され、世界中で話題となった素粒子です。素粒子はあまりに小さくて目に見えません。しかも、一般人には、正体不明の不可解な存在です。

しかし、多くの人は、ヒッグス粒子の存在を疑っていないでしょう。その理由は、世界トップレベルの科学者が発表し、マスコミで大々的に報道されたからでしょう。

もちろん、科学者もヒッグス粒子の本体を目で見て確認したわけではありません。ヒッグス粒子があるからこそ、起こる現象があるのです。それは、ヒッグス粒子が崩壊するときに発する微弱な信号(エネルギー)です。科学者たちは、ヒッグス粒子が発する固有の信号を探知機でとらえることができたから、ヒッグス粒子の存在を信じることができたのです。

そして私たちは、世界的に認められている科学者の主張であるがゆえにヒッグス粒子の存在を疑わないのです。

※1960年代以降、理論物理学では、この宇宙は、17の素粒子から成り立っていると予言されました。これまでに、電子や光子など16の素粒子については実験で確認されてきましたが、最後の1つ、ヒッグス粒子だけが見つかっていませんでした。しかし、2012年7月、日米欧の国際的な研究グループが、CERNでヒッグス粒子とみられる粒子を発見したと発表。翌2013年3月には、この粒子がヒッグス粒子であると確認されました。


目に見えないものを信じることができる理由

このように、目には見えなくても、その見えないものがあるからこそ引き起こされる現象が視覚や聴覚で確認できれば(ビジュアル化されれば)、私たちはその見えないものの存在を信じることができるのです。つまり、不可視なものでも、別のかたちになり、それが、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)のいずれかを通して感じることができれば、見えないものの存在を信じることができるといえるでしょう。

また、両親や学校の先生、科学者など、信用している人が教えてくれたことは、ほぼ無条件に信じることができるようです。


それでは、「心」はどうでしょうか。

目に見えない「心」がビジュアル化されることがあるのでしょうか。心は表情に現れます。また、私たちは、心が引き起こす喜怒哀楽の感情を持つことから、心の存在を知ることができます。

心は機能(知性、感情、意志)を持っています。そして、身体の皮膚が熱い、冷たい、痛い・・・などと常に感じているように、心も、喜怒哀楽(喜び・怒り・悲しみ・楽しみ)を感じています。そのため、「心」も目に見えませんが、その存在を否定する人も少ないと思います。

心が喜びを感じると笑顔になる

家族の笑顔の写真

また、「あなたは心がない!」とか「あなたの心は汚れている」と言われれば、不快に感じることでしょうし、「あなたは美しい心の持ち主ですね」と言われれば、嬉しい気持ちになることでしょう。それは、自分は心を持っていると信じているからでしょう。もし、心が存在しないなら、ないものを「ない」と評価されても、ないものを「美しい」と評価されても何も感じないはずです。心は目に見えませんが、人間は心の存在を自明のこととして、信じている面もあるようです。