神が三数的である理由
原理講論における説明
神が三数的な存在である理由について、原理講論では「神は絶対者でありながら、相対的な二性性相の中和的存在であられるので、三数的な存在である。」と説明されています。この一文はとても難解ですが、次のようにいくつかの解釈ができるのではないでしょうか。
- 神は絶対者(一数)
- 二性性相の2つの相(一数 + 一数)
※つまり、神は(唯一)「絶対者」でおられながら、「性相」と「形状」(または、「陽性」と「陰性」)の合計3つの様相を呈する。
あるいは、
- 神は絶対者(一数)
- 二性性相(本性相と本形状)の中和的主体(一数)
- 二性性相(本陽性と本陰性)の中和的主体(一数)
あるいは、
- 神は絶対的存在(一数)
- 神は相対的な存在(一数)
- 神は中和的存在(一数)
※ここでは「中和」=「統一」のイメージ
三数は「完成数」「天の数」
ところで、三数は「完成数」「天の数」とも呼ばれています。このことを、原理講論では、次のような具体例を挙げて説明されています。
- 神を中心として、心と体とが「三位一体」となると、四位基台が造成され、人間の個体(男性または女性)が完成する
- 神を中心として、男性と女性が「三位一体」となると、四位基台が造成され、夫婦が完成する
- 神を中心として、人間と万物世界が「三位一体」となると、四位基台が造成され、被造世界が完成する
このように、神を中心として主体と対象が「三位一体」となると、四位基台が造成され、完成実体となります。そのため、三数を「完成数」または「天の数」といいます。
〔参考・引用〕
世界基督教統一神霊協会「原理講論」/slideshare「原理本体論/家庭盟誓」