象徴献祭

象徴献祭で万物をささげる理由
人類始祖の堕落によって、人間は万物(動物や植物など)よりも偽り多い、低い存在にまで落ちてしまいました。人間以外の被造物は、神のみ旨とおりに創造が完了しましたが、人間は未完成で堕落し、神のみ旨とおりになっていないからです。
このような人間が、神の前に出るためには、秩序に従って、人間よりも神の方に一層近い存在である万物を通じなければなりません。そのため、供え物には、山羊や雄牛などの万物をささげると言われています。
摂理の上では「象徴献祭」の成功により、人間をサタンの側から神の側に復帰するための条件を立てることができると言われています。

象徴献祭とは

アベルの象徴献祭(羊の供え物)

アベルの象徴献祭(羊の供え物)


象徴献祭とは

象徴献祭は、人間が神(唯一神ヤハウェ)を信じ、神の命令を守ることで、人間の主人は神であることを、象徴的に示すものです。神の命令とは、燔祭(供え物など)をすること。つまり、燔祭をささげて「私の主人は神です」ということを、人間自らがその証拠を示す行為です。

神の人間救援の摂理は一人の人物を立てることから始まります。神に選ばれた人物が、象徴献祭を成就することにより、神が救い手を伸ばせる条件をつくることができるのです。そのため、象徴献祭は「人間を本来の立場に復帰する」ための条件(※)といわれています。

※人間が主人として管理・支配(主管)するために準備された万物(被造世界)も、堕落によりサタンに奪われてしまいました。サタンが人間の所有権とともに万物(被造世界)の所有権も主張しているのです。「象徴献祭」は人間を復帰すると同時に「万物を復帰する(サタンから奪い返す)」ことができる条件にもなるといわれています。


象徴献祭は、神への信仰を示す行為

聖書の中で、象徴献祭はアダム(アベル)~アブラハムの時代(※)に記録されています。象徴献祭は、神の人類救援の摂理の中で、神が人間に求めたものです。具体的には神の命令とおり(神のみ旨にかなうように)、供え物などをすることです。

※「復帰基台摂理時代」と呼ばれています。

人類の始祖であるアダムは神に背いて、木の実を食べてしまいました。サタンの命令に従ってしまったのです。神はもう一度、人間に命令をして、人間が神の命令に従うことにより、人間の主人は神であるという証拠を得ようとされているのです。象徴献祭は、人間自らが神の命令を守る行為(神への信仰を示す行為)です。


象徴献祭は人類救援摂理の第一歩

神の人類救援の摂理とは、堕落した人間を堕落する前の状態に復帰させ、そこから再び神の意図する人間を創り上げることです。ただ、神は人類を救済する環境を整えるだけであり、天地創造当初と同様にあくまでも人間が神の命令を守って、人間の責任分担を果たして、はじめて完成できるのです。

その人類救援の摂理(人類再創造の摂理)の第一歩が「象徴献祭」です。「象徴献祭」に成功した上で、「実体献祭」と呼ばれる条件を人間の責任で成功させなければ進みません。旧約聖書の歴史を紐解くと、神に選ばれた人物が「象徴献祭」と「実体献祭」に失敗し、そして、再び別の人物を選び、「象徴献祭」から始めるということが繰り返されていることがわかります。


アベル~アブラハム(イサク・ヤコブ)までの献祭

象徴献祭と実体献祭の結果だけを先にまとめると次の表のとおりです。なお、モーセ以降は、アブラハムの献祭の成功(第1ステージ成功)により、摂理が次の段階(第2ステージ/家庭レベルから民族レベル)に入るため、象徴献祭は必要なくなります。

中心人物
(選ばれた人物)
象徴献祭 実体献祭
内容 結果 結果
アベル 供え物
(羊)
○成功
ノア
(セムとハム)
箱舟 ○成功 ×失敗
アブラハム 供え物
(鳩と羊と雌牛)
×失敗
アブラハム・
イサク・ヤコブ
供え物
(雄羊)
○成功 ○成功

※アベルの実体献祭…カインがアベルを殺害することにより、中心人物が不在となり、実体献祭を行うことができなくなりました。

※ノアの実体献祭…次子(次男)ハムのノアへの不信行為により失敗に終わりました。

※アブラハムの象徴献祭…最初の献祭では、鳩を裂かずに象徴献祭に失敗。しかし、神は新たな摂理として、アブラハムに息子イサクの燔祭を命じました。アブラハムは神への絶対的な信仰でイサクの燔祭に成功します。さらに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊を燔祭としてささげて象徴献祭に成功しました。続いて、イサクの息子ヤコブの代には、ヤコブとエソウにより実体献祭にも成功。人類史上始めて「メシアのための家庭的基台」が造成されました。その後、神の摂理は「メシヤのための民族的基台」の造成に向けた第2ステージに入ります。しかしながら、最初のアブラハムの献祭の失敗によりイサクの子孫(イスラエル民族)は、エジプトで400年の苦役を受けることになりました。

※中心人物アブラハム・イサク・ヤコブは、摂理的に見れば三代を一体として象徴献祭と実体献祭を成就したことになります。そのため、アブラハム(を代表とする)一代において成就されたとみなします。旧約聖書の出エジプト記には「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と記録されていますが、三代が一体であるという事実を象徴しているためといわれています。


補足:人類救援摂理は神とサタンの人間の奪い合い

人類救援の摂理は、堕落した人間をサタン世界から神の世界へと人間を取り戻すこと(復帰すること)であり、いわば「神とサタンの人間の奪い合い」です。神は、人間に命令し(試練を与え)、条件をつくり、人間を取り戻そうとされています。条件が満たされて、人間が神の側に復帰するときが「終末」です。すなわち、これまで、サタンが主導してきたサタン世界の罪悪の歴史が終わるという意味です。

しかし、サタンは究極のカードを持っています。それは人間の堕落により生じた「原罪」です。「原罪」はサタンが人間に刻印したマークようなもので、私たちは消すことができません。どんなに、神のみ旨に適うような行為をして、人間が神が主人であることを示しても、サタンは原罪を主張し、人間の所有権を主張します。

一方、神も究極のカードを持っています。それは、救世主と呼ばれている「メシア」です。原罪を取り除くために、神は「メシア」を送ってくださるのです。メシアにより、原罪を取り除くことができれば、サタンは人間の所有権を主張することができなくなります。

象徴献祭は、神がメシアを送ることができる条件(メシアのための基台)をつくる最初の一歩でした。

そして、およそ2000年前に、神はメシアであるイエスをユダヤ民族(イスラエル民族)に送ることができました。そして、ユダヤ民族から当時の世界の中心であったローマへと国家レベルへ摂理が進み、さらには、ローマから世界レベルへ人類救援の摂理が進む計画でした。しかし、当時の人々は、イエスをメシアと悟ることができず、イエスは殺害されてしまったため、摂理は成就しませんでした。そのため、神はメシアを再び人類に送る摂理をなされています。