人類歴史は復帰の歴史

堕落を考慮した人類歴史の捉え方

こちらは前の記事からの続きです。


人間の堕落という概念を考慮しなければ、ほとんどの人たちは、自分は間違っていない、悪くはない、まともな人間であると考えることと思います。

しかし、堕落についての賛否は別にして、人間が堕落(矛盾)している観点から人間や社会を見つめ直してみると、今までとは、違った観点でさまざまなものを見ることができます。ここでは、堕落の概念を含めた人類の歴史の見方を紹介させていただきます。


人類歴史は「進歩の歴史」

太古の昔、人類は獲物を捕らえるのに石を使いました。後にだんだんと知恵が発達して鉄器を使うようになり、鉄砲を使うようになり、より人間の知恵を活かした方法で獲物を捕らえるようになりました。獲物の捕らえ方だけでなく、時代とともに科学技術が発達し、経済が発達し、私たちは大変豊かな生活ができるようになりました。

つまり、「歴史は時とともに進歩する」という捉え方です。それを図にすると次のようになります。

ほとんどの方は、このように人類の歴史が、なんとなく進歩しているというような、漠然としたイメージを持たれておられるのではないでしょうか。


病気は堕落状態に似ている

人類の歴史を堕落という観点でみようとしたとき、闘病生活がよい喩えになります。堕落は病気に喩えることができるからです。人間は健康であれば、スポーツをしたり、登山をしたり、日常生活を正常に送ることができます。しかし、何かの原因で病気をした場合、一種の矛盾(堕落)状態に陥っていることになります。

堕落とは、(哲学的に見れば、)ひとつの個体の中に相反する目的を持つ指向性が存在していることです。

健康な状態であれば、体内に存在しないはずの病原菌が体内にあり、病原菌は身体をむしばもうとします。一方で、健康を維持しようと、病原菌の侵入や増加を阻止し、病原菌を殺し、健康に向う作用が働きます。これが「闘病生活」です。

一度、病気になったら、闘病生活を経て、もとの健康状態まで回復しないと、正常な生活はできません。


堕落を考慮した歴史の捉え方

人間の堕落も同じことです。堕落は読んで字のごとく、落ちるということです。一度落ちたら元の状態まで戻ってこないと正常な出発はできません。つまり、落ちてもとに戻ろうとして人類の歴史が流れている。これを「復帰歴史」と呼んでおり、堕落を考慮した歴史の捉え方です。つまり、堕落以前の位置に戻った時に、矛盾のない、闘争のない「本来の歴史」が始まるという考え方です。

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〔参考・引用〕
世界平和統一家庭連合「原理講論」/倉原克直氏「総序」