中東・パレスチナ問題

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パレスチナ問題の宗教的根幹

ユダヤ人にとってのパレスチナ

ユダヤ人(※1)には、「選民」と呼ばれる思想が根付いています。選民思想は、神に選ばれた民族であるという考え方です。つまり、「イスラエル民族は、特別な使命を持っており、神と特別な契約を結ぶことができる唯一の民族である」という思想です。また、神との契約を守り続けることにより、終末にメシヤ(※2)が現れ、新しい世界秩序が到来するという「メシア思想」も持っています。

※ユダヤ人…アブラハムの子孫。聖書では、ヘブル人、ヘブライ人、イスラエル人などと記されています。

※メシヤ…救世主/神の支配を代行する者

紀元前20世紀頃、ユダヤ人の父祖とされるアブラハムは神と契約を結び、神はアブラハムの子孫にパレスチナの地を与えることを約束しました。ユダヤ人にとってパレスチナ(=カナン)は、神との「契約の地」。また、神とともに先祖が繁栄した土地(故郷)であり、他の民族に譲ることはできない大切な土地なのです。

神はアブラハムの子孫にパレスチナの地を与えることを約束しました

神はアブラハムの子孫にパレスチナの地を与えることを約束しました

その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える。」

旧約聖書/創世記15章18節~21節
日本聖書協会 新共同訳

しかし、聖書に記録されている約束の内容を見ると、カナンの地は、カイン人、ケナズ人、カドモニ人 … の土地と記されています。神と契約したときには、すでに10民族が住んでいたのです。つまり、アブラハムの子孫は、他の10民族の住んでいる土地に侵攻し、先住民族を追い出すか、奴隷にするなどしなければ、神との契約を実現できないのです。

紀元前15世紀頃、モーセの後継者であるヨシュアが率いるアブラハムの子孫(イスラエル民族)は、先住民族を追い出し、約束の地カナンの全土(=パレスチナ)を手に入れることができました。このとき、彼らが打ち倒した王の数は31人にも及ぶといわれています。

紀元前11世紀には、イスラエル王国を築きます。初代の王はソロモン、ダビデ王時代には、首都がヘブロンからエルサレムへ移ります。次のソロモン王の時代に栄華を誇り、壮大なエルサレムに神殿(第一神殿)が建設されます。

※イスラエル王国は、紀元前10世紀(BC975年頃)に北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂。紀元前8世紀(BC722年頃)に北イスラエル王国は、アッシリアに滅ぼされ、紀元前6世紀(BC586年頃)には、新バビロニア王国により、南ユダ王国のエルサレム全体とエルサレム神殿が破壊されます。支配者や貴族たちは新バビロニア王国の首都バビロニアへ連行されることになりました(バビロン捕囚)。

※紀元前538年、新バビロニア王国がアケメネス朝ペルシアに滅ぼされると、ユダヤ人は、パレスチナへの帰還が許されます。そして、エルサレムに神殿が再建されます(第二神殿)。その後、ユダヤ人の王朝(ハスモン朝→ヘロデ朝)が成立しますが、紀元70年にはローマ帝国により、エルサレムの大部分が占領され、第二神殿は破壊されます。これ以降、ユダヤ人は世界中に離散し、1948年のイスラエル建国までのおよそ1900年間、差別や迫害の憂き目にあってきました。


イスラエルの建国

1948年5月14日、ユダヤ人は、パレスチナにイスラエル共和国を建国しました。約1000年を経て再建されたユダヤ人の国です。しかし、同時に、多くのアラブ人が追い出されることになりました。そして、多くの難民(=パレスチナ難民)を生み出しました。現代のパレスチナに、ヨシュアの時代と相似形のことが起こったのです。

イスラエルの建国宣言/1948年5月14日

イスラエルの建国宣言/1948年5月14日

ユダヤ人にとっては、先住民族を追い出し、そこに自らの国を建国することは、神との約束を実行する行為です。ユダヤ人にとっては、神との約束の方が優先されます。そのため、イスラエルの国を建国し、維持するために、「他人の土地を奪い取ったり、先住民族を追い出すことはよくない」というような一般論は通用しないのです。


アラブ人にとってのパレスチナ

15世紀(1453年)に、オスマン帝国が、東ローマ帝国を滅ぼすと、パレスチナはオスマン帝国の統治下となります。そこは、アラブ人(=多くはイスラム教徒)の住む土地となりました。

アラブ人にとって、パレスチナが重要である理由は、イスラム教の創始者である預言者ムハンマドが、当初、エルサレムに向かって礼拝を行っていた(※)からです。また、エルサレムが、預言者ムハンマド(=イスラム教の教祖)が昇天し、神と出会った聖地でもあります。現在もムハマンドの昇天した岩を取り囲んで「岩のドーム」があります。イスラム教徒にとって、エルサレムは、メッカ、メディナに次ぐ第3の聖地となっています。

※現在はメッカの方向に向かって礼拝

岩のドーム

岩のドーム

かれに栄光あれ。そのしもべを、(マッカの)聖なるマスジドから、われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに、夜間、旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。

日本ムスリム協会「聖クルアーン 第6刷」夜の旅章17章1節

全世代のイスラム教徒にとって、地中海からヨルダン川までのパレスチナの地は、所有権移転の永久的禁止(ファイ・マウクーフ/ワクフ)の地であり、放棄することも、譲渡することも許されないのです。


解決の糸口が見つからないパレスチナ問題

民族分離壁/ヨルダン川西岸地区

民族分離壁/ヨルダン川西岸地区

このように、パレスチナ問題は、2つの民族の現実的な生存権の問題であり、本質的には、ユダヤ人(ユダヤ教)とアラブ人(イスラム教)の宗教上の対立です。

もし、ユダヤ民族の中から、新たな預言者が現れ、神との契約を結びなおせば、ユダヤ人は考えを変えるでしょう。しかし、それが現実に起こるとは考え難いことです。

※今では、全世界に21億人のキリスト教徒います。神は、このキリスト教を基盤として、世界的な摂理を進めており、預言者(救世主/再臨のキリスト)は、ユダヤ人ではなく、キリスト教徒の前に現れるという考え方が、新しい契約(=新約)として一般的に知られています。

一方、イスラム教では「ムハンマドが最高で最後の預言者」です。そのため、今後、イスラム教徒のもとに預言者が現れることはなく、考え方を変更する可能性はほとんどないでしょう。

このような理由からパレスチナ問題が、宗教的に解決する可能性は極めて低いといわれています。また、政治的な解決も現状では、極めて困難な状況となっています。



〔参考・引用〕
Hiroshi UEHARA on Line「パレスチナ、土地をめぐる戦争-オスロ合意までの経緯-」/中経出版「池上彰の世界の宗教が面白いほどわかる本」/国際医療協力ネットワークニュース_2009年秋号/静岡県立大学 国際関係学部 宮田律「ユダヤ人の歴史概観」/wikipedia