小ヤコブ アルファイの子/マタイと兄弟 イエスの12弟子・12使徒

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小ヤコブ (アルファイの子/マタイと兄弟)

小ヤコブ(アルファイの子/マタイの兄弟)

小ヤコブは「アルファイの子ヤコブ」と言われます。12使徒の中に大ヤコブがいますが、こちらは「ゼベダイの子ヤコブ」です。2人の使徒を区別するために、「小ヤコブ」と「大ヤコブ」の呼称で呼ばれています。なお、小ヤコブは、使徒マタイの兄弟です。

「聖小ヤコブ」 ピーテル・パウル・ルーベンス(1610~1612年製作)<br />プラド美術館(Madrid, スペイン)

「聖小ヤコブ」 ピーテル・パウル・ルーベンス(1610~1612年製作)
プラド美術館(Madrid, スペイン)

小ヤコブは、信仰が厚く、敬虔な人物であったと言われています。教会史家のヘゲシッポスは次のように記しています。

(小ヤコブは)母の胎内にいるときから聖別され、ぶどう酒や濃い酒を飲まず、命あるものも食べず、かみそりを頭にあてることもなかった。彼はオリーブ油を塗りもしなければ風呂にも入らなかった。そして彼だけに聖所に入ることが許された。彼が毛ではなく、つねに極上の亜麻布をまとっていたからである。彼はただ一人で神殿に入って脆き、民の罪の赦しを祈るのだった。そして、絶えず脆いて神に祈り、民のために赦しを乞うために、彼の膝頭(ひざがしら)はらくだのように固くなった。

ヘゲシッポス(教会史家/110~180年頃)の著作
聖書人物記(創元社)より引用

※ペトロがエルサレムを去った後、初期エルサレム教会を指導したのは小ヤコブだという説もあります。一方で、初期エルサレム教会の指導者となったのは、イエスのいとこのヤコブだという説もあります。イエスのいとこにもヤコブという人物がいたため混同されているようです。


イエスと似ていた小ヤコブ

小ヤコブは「主の兄弟」と呼ばれるほどイエスと顔かたちが似ており、多くの人々が彼をイエスと間違えるほどであったとのことです。イエスが逮捕するとき、ユダが接吻して知らせたのは、間違って小ヤコブを連行しないようにしたたためと言われています。

※ユダは自身は毎日起居をともにしている間柄だったため、ふたりをよく見分けることができたのです。


小ヤコブの殉教

小ヤコブが司教となって7年目の復活祭の当日、ユダヤ教徒たちに向かって宣教していました。ユダヤ教徒は改宗しようと、キリスト教の洗礼を受ける寸前までいきました。そのとき、ひとりの男が神殿に入ってきて叫びました。「イスラエルの人々よ、なんということをするのか。この魔術師たちにだまされてみたいというのか」そして、小ヤコブが説教をしている階段を上がっていって、小ヤコブを階段から投げ落としました。このとき以来、小ヤコブはびっこをひくようになったといわれています。

過越祭のとき、ユダヤ人たちは、小ヤコブに一つの依頼をしました。それは、大衆にキリスト崇拝をやめることを説得してほしいという内容でした。小ヤコブは多くの人々から信頼されており、彼の言うことであれば、人々は聞き入れるだと、ユダヤ人が判断したからです。しかし、ヤコブは逆にイエスをたたえる証言を神殿の屋根から大声で叫びました。

「あなたがたは、人の子についてなにが知りたいのですか。よろしいか、人の子は、天国にあって力あるおかたの右にすわっておられます。そして、そこから生きている人間たちと死者たちとを裁くために来臨されるでしょう」

ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」

キリスト教徒たちは、これを聞いて小おどりするほど、喜んで、説教をありがたく聞きました。

一方、ユダヤ人たちは、自分たちが小ヤコブに証言を依頼した失敗に気づき、小ヤコブを屋根から突き落とします。そして、小ヤコブは石打ちにされました。それでも、ヤコブは迫害者のために祈り続けました。

パリサイ人と律法学者たちは、こう語りあった。「このようにイエスをたたえる証言をさせたのは、ひどい失敗だった。あそこへあがっていって、あの男を突き落とそう。そうすれば、民衆は、おじけついて、彼の言葉を信じなくなるだろう」そう言って、大きな声で、「これはしたり、義人でも間違いをおかすのか」と叫びたてた。
それから、屋根にのぼっていって、ヤコブを突き落とした。さらに、石を投げつけて、「かかれ、義人ヤコブを石打ちにせよ」と叫んだ。しかし、ヤコブは、下に落ちても死なず、起きあがると、ひざまずいて、「主よ、彼らをお赦しください。彼らは、なにをしているのかわからずにいるのです」と祈った。

ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」

さらに、布を晒す(さらす)ときに使う槌(つち)で脳天を打たれ、小ヤコブは殉教しました。

そのとき、祭司たちのひとりが、ラハブの子らのなかからこう言ってたしなめた。「なんとむごいことを。そんなにまでしなくてもよいではないか。この義人は、自分を石で打つわれわれのために祈っているではないか」しかし、べつのひとりが、布を晒す(さらす)ときに使う槌(つち)をふりあげ、力まかせにヤコブの脳天を打ちすえたので、脳髄がとびちった。

ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」

ヤコブの遺体は、エルサレムの神殿のかたわらに葬られたと言われています。


〔参考・引用〕
創元社「聖書人物記」/日本文芸社「人物でよくわかる聖書(森実与子著)」/株式会社カンゼン「聖書の人々」/wikipedia/webio「世界宗教用語大事典」/ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」