フィリポ バルトロマイの友人 イエスの12弟子・12使徒

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フィリポ (バルトロマイの友人)

フィリポの弟子入り

ペトロとアンデレと同じベトサイダの出身。ヨルダン川の岸辺にいたところをイエスに直接招かれて弟子になりました。洗礼者ヨハネの弟子だったと言われています。

「聖フィリポ」 ピーテル・パウル・ルーベンス(1611年頃製作)<br />プラド美術館(Madrid, スペイン)

「聖フィリポ」 ピーテル・パウル・ルーベンス(1611年頃製作)
プラド美術館(Madrid, スペイン)

その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。

新約聖書/使徒言行録1章43節~44節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

フィリポは知り合いのバルトロマイ(別名:ナタナエル)にイエスを紹介し、ナタナエルも弟子になりました。

フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」

新約聖書/ヨハネによる福音書1章45節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳


パンと魚の奇跡

フィリポは、十二使徒の中でも親しみやすい人柄であったと言われています。イエスと共に旅をする間は食糧調達係として働いていたようです。

イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。
イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。

新約聖書/ヨハネによる福音書6章5節~7節、10節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

※1デナリオンは当時の労働に対する1日分程度の報酬と言われています。今でいうと1万~2万円程度。

この後、イエスは奇跡を起こして、5つのパンと2匹の魚で5000人を満腹にしたことが記録されています。

上記の引用には、イエスはフィリポを試しみるために質問されたと記されています。その場所は、人里離れた所であり、たとえ、お金があったとしても、5000人分のパンは得られなかったでしょう。しかし、フィリポは、「二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と現実的な回答をします。

イエスは、何を試しみられようとされたのでしょうか。これには、さまざまな解釈があります。一般的な解釈を端的に言えば、フィリポの「信仰心や真理の理解度」です。イエスは、人々を生かす(=食べさせる)のは、いったい何なのか、誰なのか、ということを教えたかったといわれています。

※ここで「生かす」とは、アダムとエバにより堕落してしまった人間を「生かす(本来の姿に復帰させる)」と言う意味であり、メシヤ(人類の救世主)であるイエスとそのみ言を通じてのみ、人間を生かすことができるという解釈もできます。

なお、イエスの多くの奇跡の中でも、上記の「パンと魚の奇跡」は、新約聖書の4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)すべてに記録されています。より深い奥義が秘められているのかも知れません。


イエスの真意を読めなかったフィリポ

また、最後の晩餐のとき、ユダの裏切りにより処刑されるという自らの運命を予め悟ったイエスは、弟子たちに、父(=神)のもとに行くことを話します。するとフィリポは「その御父をお示しください。」と言います。イエスは悲憤やるかたない思いで、「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。」と答えられました。

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」
フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。

新約聖書/ヨハネによる福音書14章6節~10節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

※イエスは堕落した人間ではなく、本来の人間として降臨されました。そのため、イエスには霊的に見れば神が宿っているため、「父がわたしの内におられる」と言われたのです。


使徒フィリポとしての活躍

上記のように、イエスをあきれさせてしまうほど、的はずれな言動の多いフィリポでしたが、イエスの死後、使徒としての活躍では目を見張るような伝説が残されています。

ドラゴンを追い払うフィリポ

ドラゴンを追い払うフィリポ

フィリポは、スキュティア(ウクライナ)やギリシャ、小アジアの地で熱心に伝道しました。しかし、異教徒たちに捕えられ、軍神マルス(※1)の立像で、香を捧げるように命令されました。そのとき、軍神マルスの柱の下から大きな竜が現れ、供犠(※2)の火を焚いていた神官の息子を殺し、フィリポを鎖につないでいた二人の将官の命を奪いました。さらに竜は、あっちこっちに毒の息を吹きかけたので、その場にいた者はみんな病気になってしまいました。フィリポは一同に呼びかけ、人々に改心する約束をさせ、その竜に命じ、追い払いました。

※1:ギリシア神話のアレース

※2:供犠(くぎ):神に供物や犠牲をささげ、それを媒介として人間が神に祈る儀礼(kotobank.jp)。

ピリポは、一同に呼びかけた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたたちがこのいつわりの神像を打ちこわし、かわりに主の十字架をあがめるならば、あなたたちの病人を癒し、死んだ人たちも生きかえらせてあげましょう」すると、毒にあてられた人たちは、苦しみあえぎながら答えた。「お願いです。どうか病気を治してください。そうすれば、すぐにもこの偶像をとりこわします」これを聞いて、ピリポは、竜に、どこか人間の害にならないような荒野に行け、と命じた。竜は、すぐにその場を去って、もう二度と姿をあらわさなかった。

ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」

そして、フィリポは、すべての病人を癒やし、3人死者を生き返らせることにより、人々をキリスト教へと改宗させました。


フィリポの殉教

その後、フィリポは、ヒエラポリス(※1)に行きました。この町では、エビオン派の異端者(※2)たちを撲滅しました。

その後、フィリポは、異教徒たちにより捕えられ、十字架にかけられ、石打ちにされ、二人の娘(※3)とともに、殉教しました。

殉教死の七日まえに、ピリポは、管下の司教たち、司祭たちを全員よび集めて、こう話した。「主は、あと七日の命をわたしにくださいました。わたしに主のいましめをあなたがたに伝えさせて、あなたがたを強くしようとのお考えです」このとき、聖人は、齢八十七歳になっていた。そのあと、異教徒たちは、彼を捕えると、彼がその福音を宣べひろめた師(イエス)のばあいとおなじく、十字架にかけた。こうして、ピリポは、主のみもとに召され、生涯を至福のうちに終えた。ふたりの娘も、父のかたわら、ひとりは右側に、ひとりは左側に葬られた。

ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」

※1:フィリポが宣教活動した当時はローマ帝国の都市。紀元前190年にペルガモン王国の都市として建設。後にローマ帝国に征服されてからは温泉保養地として繁栄し、ローマ皇帝も訪れています。当時から地震が多く、震災と復興が繰り返されてきたと言われていますが、1354年の大地震で廃墟になりました。現在はトルコ西部の都市となり、世界遺産として残されています。

※2:キリスト教をユダヤ教的に理解していたキリスト教徒。律法を重視し、キリストの処女誕生や神性を否定。また、パウロの書簡なども背教として否定していました。現在のキリスト教神学には影響していませんが、イスラーム教に何らかの影響を及ぼしたと言われています。

※3:フィリポの2人の娘は、信心深い乙女たちで、主は、このふたりを通じて多くの人々を信仰に導かれたと言われています。




〔参考・引用〕
日本聖書教会「新約聖書(新共同訳/口語訳)」/新日本聖書刊行会「新改訳聖書第三版」/ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」/wikipedia/kotobank.jp