大ヤコブ ゼベダイの子のヤコブ 雷の子 ボアネルゲス

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大ヤコブ(ゼベダイの子のヤコブ)

イエスの重要な場面に同行している大ヤコブ

大ヤコブは、弟のヨハネ、第一弟子のペトロとともに、イエスの三側近でした。彼らはイエスの重要な場面に居合わせ、イエスの奇跡を目撃したり、イエスの苦悩と祈り(ゲッセマネの祈り)に付き添ったりしています。

●イエスが光り輝く姿に変容 -----------------------------------------------------

イエスがヘルモン山でモーセとエリヤに会って光り輝く姿に変容したとき、大ヤコブ、ヨハネ、ペテロの3人はイエスに同行し、その姿を目撃しています。

六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」
ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

新約聖書/マタイによる福音書17章1節~8節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

●ヤイロの娘が生き返る奇跡 ----------------------------------------------

イエスが会堂長ヤイロの娘を生き返らせたという話が新約聖書に記されています。このときも、大ヤコブとヨハネ、ペトロが立ち会っていました。

イエスがまだ話しておられるときに、会堂長(=ヤイロ)の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。
一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。

新約聖書/マルコによる福音書5章35節~42節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

●ゲッセマネの祈り ----------------------------------------------

イエスがゲッセマネで祈るときも、イエスのかたわらには、大ヤコブとヨハネ、ペトロがいました。

一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」

新約聖書/マルコによる福音書14章32節~34節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳


ヤコブは12使徒の中での最初の殉教者

イエスの昇天後、ヤコブは、初期のエルサレム教会で中心的な立場を占めていました。また、使徒として、ユダヤとサマリアの地を伝道して歩き、その後、スペインに渡りました。当時のスペインははるか彼方の辺境の地でしたが、ヤコブは熱心にイエスの教えを説いてまわりました。しかし、成果はあがらず、この地で得た信者(弟子)は、9人だけでした。

エルサレムに戻ると、イエスの弟子たちへの迫害は激化していました。紀元後44年(※)の春の過越祭を目前に、ユダヤ教の巡礼者たちが各地からエルサレムに集ってきました。ヤコブは反ユダヤ教と見なされ、ユダヤ王のヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられました。そして、王は、ユダヤ人を満足させるため大ヤコブを血祭りに上げました。

大ヤコブは、12使徒の中で最初の殉教者となりました。

※紀元後42年という説もあります。

そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。

新約聖書/使徒言行録12章1節~3節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

※除酵祭(じょこうさい)… ユダヤ暦のニサン月(太陽暦の3月か4月)14日の夜に祝われる過越祭に続く一週間のこと。早くから過越祭の中に組み込まれてしまった。ユダヤ人の先祖がエジプト脱出の夜、種(酵母)を入れないパンをもって出たとして、一週間、マッツァーと呼ばれる種なしパンを食べる。(引用:kotobank.jp)

※12使徒の中で、新約聖書(正典)に、殉教の記録が残されているのは、大ヤコブのみです。




〔参考・引用〕
日本聖書教会「新約聖書(新共同訳/口語訳)」/新日本聖書刊行会「新改訳聖書第三版」/創元社「聖書人物記」/日本文芸社「人物でよくわかる聖書(森実与子著)」/株式会社カンゼン「聖書の人々」/wikipedia/webio「世界宗教用語大事典」/kotobank.jp