イエスの12弟子・12使徒

イエスの12弟子は12使徒として、世界各地で迫害を受けながらも命がけの布教活動を行ないました。11人は殉教しました。

徴税人
ローマ当局は、帝国内の各地で個人の徴税人に業務を請け負わせていました。毎年決まった額を当局に納めることになっていましたが、徴収方法は一任されており、余計に取り立てた分は徴税人本人の収入になりました。そのため、徴税人は担当区域の人々を脅迫することもあったようです。徴税人は欲が深くて、金に貪欲なものがなる仕事だと忌み嫌われていました。また、税金はユダヤの支配者であるローマに入るので、徴税人は裏切りものとして憎まれていました。
欧米人の名前
欧米人には12使徒や聖人に由来する名前が多くあります。ペトロに由来する「ピーター」、アンデレからは「アンドリュー」、大ヤコブからは「ジミー」や「ジェイムス」、ヨハネから「ジョン」、トマスから「トーマス」や「トム」、シモンからは「サイモン」などです。
ちなみに、ビートルズのジョンは12使徒のヨハネ、ポールは伝道者パウロ、ジョージは聖人ゲオルギウスに由来します。
女性のメアリーは、イエスの母マリア、エリザベスは洗礼者ヨハネの母に由来します。
〔参考・引用〕
テレビ東京「137億年の物語」他

イエスの12弟子/12使徒

イエスの12使徒(12弟子)とは

イエスには多くの弟子がいました。その中から、イエスにより特別に選ばれた12人の弟子を「12弟子」と呼んでいます。12弟子は、ペテロをやアンデレなどガリラヤ出身の漁師が多く、徴税人のマタイや熱心派(反ローマ帝国の過激派)のシモンなどがおり、イエスからその教えを学びました。

イエスの昇天後、12弟子はイエスの教え「福音」を伝えるために、各地で布教を行いました。そのため12弟子は「送り出された者」という意味で「12使徒」と呼ばれるようになりました。

イエスと12弟子/最後の晩餐

イエスと12弟子

イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

新約聖書/マタイによる福音書10章1節~4節
©日本聖書協会/新約聖書 新共同訳

※日本語で「使徒」と訳されているギリシャ語は、一般的には「大使」「派遣された者」「送り出された者」という意味があります。新約聖書では「イエスにより選出され任命された」「イエス復活の目撃者であり証言者」という人に対して使われているようです。
〔参考:引用〕NUNOYA CHUJIRO's Web site


命がけの伝道活動

イエスが活動していた時代は、キリスト教はまだ独自の宗教といえるものではありませんでした。イエスの死後、12使徒をはじめ、伝道者たちが教えを広め、キリスト教ができあがったのです。

教会はまず、エルサレムで誕生します。その後、パレスチナから、小アジア(=現在のトルコのアジア部分)、ギリシャへと伝わっていきます。12使徒や伝道者たちは、激しい迫害を受けながらも、命がけの伝道活動を行いました。

さらには、世界の中心といわれていたローマ帝国にも、イエスの教えは広まっていきます。ローマ帝国が全盛期を迎えていた頃でした。ローマ帝国では、皇帝を礼拝しないキリスト教徒は異端視され、迫害を受け、多くの教徒は殉教しました。ヨハネ以外の11人の使徒は、殉教したと伝えられています。

その後、12使徒たちも予想しなかった形で事態は急展開しました。313年、長年、キリスト教徒を迫害してきたローマ帝国が方針を転換し、キリスト教を認めました(ローマ皇帝コンスタンチヌスによるミラノ勅令)。そして、392年には、ローマ皇帝テオドシウスにより、キリスト教がローマ帝国の国教となりました。


イエスの12弟子(12使徒)一覧

ペトロ
アンデレの兄
漁師
ガリラヤ・ベトサイダ出身
主にローマで布教。イエスから天国の鍵を授かり初代教皇に。ローマ皇帝ネロの迫害を受け、逆さ十字架にて殉教。
アンデレ
ペテロの弟
漁師
ガリラヤ・ベトサイダ出身
主にアジアやギリシアで布教。ローマ総督アイゲアテスにより投獄。X字型の十字架で処刑され、殉教。
大ヤコブ
ヨハネの兄/ゼベダイの子
漁師
ガリラヤ出身
初期エルサレム教会の中心的存在。スペインで伝道後、エルサレムに戻るがヘロデ王に捕らえられ、斬首されて殉教。
ヨハネ
大ヤコブの弟/ゼベダイの子
漁師
ガリラヤ出身
アジアに宣教に向かうが、ローマ皇帝に捕らえられ、パトモス島に流刑。聖書の最後を飾る「ヨハネの黙示録」を記した。
フィリポ
バルトロマイの友人
漁師
ガリラヤのベトサイダ出身
ヨルダン川の岸辺でイエスに出会う。イエス一行の食糧調達係。ギリシャやフリギアで布教した後、殉教。
バルトロマイ
ナタナエル/フィリポの友人
ガリラヤ・カナ出身
フィリポに導かれ12弟子に。イエスに「真のイスラエル人」と賞賛される。広い範囲で宣教活動し、アルメニアで殉教。
トマス
ユダ・トマス・ディディモ
漁師または大工
ガリラヤ出身
イエスの復活を疑ったことから「疑心のトマス」と呼ばれる。東方に渡って布教活動に励み、南インドで殉教。
マタイ
レビ/アルファイの子マタイ/小ヤコブと兄弟
徴税人
各地で布教を行い、エチオピアまたはトルコのヒエラポリスで殉教。
小ヤコブ
アルファイの子/マタイと兄弟
イエスの埋葬を手伝った敬虔な弟子。宣教に命をけずり、イスラエルの神殿で殉教。
タダイ
ユダ・タダイ/小ヤコブの兄弟または子
聖母マリアの妹クロパの子と言われている。アルメニアで布教活動を行なう。斧で殺害され殉教。
熱心党のシモン
反ローマ帝国の過激派組織
熱心党
エジプトで布教後、タダイと共にペルシアとアルメニアで布教。ペルシアで鋸で2つに切られて殉教。
イスカリオテのユダ
イスカリオテ出身
殺害をたくらむ反イエス派に銀貨三十枚と引換にイエスを裏切る。その後、後悔して自殺。しばしば、裏切り者の代名詞に。
マティア
イスカリオテのユダの後任
イスカリオテのユダの後任として、12使徒となる。伝承によると、石打ちの刑さらに、斧で斬首されて殉教。

※ベトサイダは、ガリラヤ湖沿岸の漁村。

※イスカリオテは町名、族名、家系など、さまざまな説がある。


〔参考・引用〕
wikipedia/webio「世界宗教用語大事典」/日本文芸社「人物でよくわかる聖書(森実与子著)」/創元社「聖書人物記」/新約聖書/Biblica/NUNOYA CHUJIRO's Web site