神聖ローマ帝国 神の国

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神の国家「神聖ローマ帝国」

国家という概念は時代により変化する

私たちは、日本やアメリカ、韓国などを何の気なしに「国家」と呼んでいますが、それは現代の国際社会における主権国家(※1)のことです。ところで、中世のヨーロッパの国々も、私たちは「国家」と呼んでいます。しかし、現代の国家と比べると似ても似つかないものであり、いわば「原始的な国家」でした。現代人から見れば、単なる「(政治的な)共同体(※2)」のようなものでした。また、その共同体はお互いに形態が違っており、多様化していました。そのため、当時は、共同体を概括するような「国家」という概念すらなかったといわれています。

私たちは、中世の政治的共同体も現代のそれも「国家」と呼んでいますが、その内実は時代によって、大きく異なっているのです。つまり、「国家」という概念は、その時々の歴史によって変化するのです。

※1:主権国家とは、主権(国王など)と領土(国境で囲まれた領域)が明確となった国家のこと(世界史の窓より)

※2:現代人にとって「国家」とは、人々の生活のためのさまざまな公共サービスの提供やそのための統一的な納税、法律の遵守など直に経験できるさまざまな社会関係に支えられていますが、中世ヨーロッパでは極めて未成熟でした。中世ヨーロッパには、現代人が「国家」と呼んでいるような内実を備えた政治的共同体が存在しなかったのです。

上記のように、中世ヨーロッパには、多様な形態の政治的共同体が存在していました。その中の一つに「神聖ローマ帝国」がありました。そして、神聖ローマ帝国は、しばしば「神の国家」と呼ばれます。それはどのような理由で「神の国家」と称されるのでしょうか。


社会的秩序の頂点に神が君臨

第一に、神聖ローマ帝国では、社会的秩序の頂点に神が位置づけられていたことが挙げられます。

当時の民衆は、情報源に乏しく、当時のヨーロッパ全体の4分の3にも広がったカトリック教会から得られる情報が唯一で、それに対抗できるような情報源もありませんでした。そして、神がすべての共同体の権威の上に立ち、その意志はカトリック教会を通じて人々に伝えられると信じられていました。そのため、人々が教会に向けた信頼や忠誠心は、皇帝や国王に対する信頼や忠誠心を凌駕しており、教会はキリスト教へ改宗した君主をも従えていました。

このような社会的環境の中で、社会的秩序は神との距離によって格付けされました。つまり、神を頂点とした「神→カトリック教会(教皇)→帝国、国王(君主)→民衆」という秩序ができたのです。

神聖ローマ帝国は、神を社会的な頂点とする「神の国家」だったのです。


国家は神の被造物

第二に、社会的共同体が神の被造物として理解されていたことが挙げられます。この世界は神により創造され、そこに属する社会も、神の意志により人間をして、造られた有機体であるという考え方でです。言い換えれば各々が神に与えられた役目を果たすことで共同体全体が生きているということです。すなわち、人間が頭で考え、四肢を使って活動するように、共同体も神の力で動かされ、人間をして活動し、興亡を繰り返す。そして、皇帝や国王が人々を支配できるのは、彼らが神により予定されていた人物であり、神から力を授けられたからという「王権神授説」として理解されていたのです。

「世界年代記」では、歴史は神の力で動かされているという歴史観を打ち出しています。

神聖ローマ帝国は、神の意志により創造された「神の国家」とみなされていたのです。


古代における神の民族との共通点がある

第三に、古代における神の民と呼ばれているイスラエル民族の社会的共同体に上記のような共通点がみられることです。出エジプト記には、神の意志は、神によって選ばれたモーセを通じて民衆に伝えられたことが記録されています。パレスチナ定住時代には、神の意志にかなう士師と呼ばれる人物が選ばれ、士師を通じて、神の意志が民衆に伝えられました。

また、イスラエル王国時代には、士師が王に油を注ぐ塗油式があり、これは中世に教皇が王に戴冠する即位式に相当します。

このように、神を頂点とした社会的秩序「神→神に選ばれた人物→王→民衆」という秩序が古代の神の民にも見られるのです。そして、神に選ばれた人物は、概ね中世のおける教皇に相当します。

このように、古代において、神の民といわれるイスラエルの共同体にみられる秩序や儀式が、中世の神聖ローマ帝国にも投影できるのです。まるで、古代における神の民のしきたりを受け継いでいるかのようです。このような意味においても、神聖ローマ帝国は、中世における「神の国家」といえるのではないでしょうか。



〔参考・引用〕
放送大学「ヨーロッパの歴史I」の提出課題「15世紀以前の神聖ローマ帝国は、どのような意味で『神の国家』と捉えられていたのか。帝国の特徴を考慮に入れて論じなさい(1000字以内/2015.6.1提出)」に対し、私が提出した内容をもとに書きなおしたもの。