中東問題/パレスチナ問題とは

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中東問題/パレスチナ問題とは

ニュースで「中東問題」「パレスチナ問題」「パレスチナ難民」などの言葉を聞くようになってから久しくなります。半世紀以上も解決していない問題です。

中東問題は、20世紀の初め頃から起こり始めた問題で、端的に言えば「ユダヤ人とアラブ人の中東地域(パレスチナ)の土地をめぐる争い」です。見かけ上、2つの民族の争いですが、背景には複数の国が関与しており、国際社会が引き起こしたとも言える問題です。関係各国の利害や2つの民族の精神面(宗教面)も絡んでおり、問題が複雑化しているため、解決が非常に難しいといわれています。

イスラエルに攻撃されるガザ地区

ユダヤ人とアラブ人の居住地域を分離する壁

※中東問題(中東戦争など)で難民となったアラブ人は、「自らの故郷をパレスチナ」とする強い自覚が生まれ、「パレスチナ人」という呼称ができました。つまり、パレスチナ人とは難民となったアラブ人のことで、もともと「パレスチナ人」という人種や民族がいたわけではありません。現在では、中東地域に住むアラブ人を「パレスチナ人」と呼ぶことが一般的になっています。


そもそも「中東」とは、どこなのか?

中東とは、イギリス(ヨーロッパ)から見たときの用語です。かつてイギリスは、インドやパキスタンを植民地にしていた時代がありました。そのため、イギリスにとっては、インド周辺が「東」にあたります。イラク周辺のアラブ圏は「中くらいの東」に位置しているため「中東」と呼ばれるのです。

ちなみに、日本周辺はインドよりもずっと東に位置しており、東の極限という意味で「極東」と呼ばれています。また、バルカン半島周辺が「近東」という呼び名になっています。

中東と呼ばれる地域 中東地域/総務省統計局の地図を抜粋

中東地域/総務省統計局の地図を抜粋


パレスチナとは

中東地域の中でも、イスラエル、ヨルダン、シリア、レバノンあたりは、中東問題の中心となっている地域で「パレスチナ」と呼ばれています。そのため、「中東問題」のことを「パレスチナ問題」と呼ぶこともあります。


中東問題の概要

中東問題とは、端的にいえば、「中東地域(パレスチナ)の土地をめぐる、アラブ人とユダヤ人の間の争い」のことです。

15世紀にオスマン帝国が東ローマを滅ぼしてから、パレスチナには、おもにアラブ人が住んでいました。それから約500年後の1947年、国連はパレスチナを、アラブ人の居住地域とユダヤ人の居住地域の二つに分ける決議を採択します。翌年(1948年5月14日)には、これに基づいてイスラエル(※1)が建国されました。ユダヤ人にとっては、約2000年ぶりの国家です。

※1:「イスラエル」は、ユダヤ民族の父祖であるアブラハムの孫ヤコブの名に由来します。イスラエルは神からヤコブに与えられた名で、ヘブライ語の語源は「イスラ(戦う、戦士、秘密)」+「エル(神)」で日本語では、「神は戦う」、「神の戦士」、「神が支配する」などと訳されます。

一方、アラブ人は、それまで住んでいた土地を追われ、狭いパレスチナ自治区に追いやられます。当然、アラブ人は納得できません。

ユダヤ人にとってもパレスチナは神との約束の地。歴史を遡れば、ユダヤ人の祖先が神から祝福され、神から与えられ、繁栄した地、いわば「故郷」であるため、譲ることはできないのです。

結局、イスラエル建国の翌日に、周辺のアラブ諸国の連合軍(※2)がイスラエルに侵攻し、4次にわたる中東戦争の火蓋が切って落とされます。

※2:アラブ諸国の連合軍=エジプト、シリア、トランスヨルダン、サウジアラビア、イラク、レバノン、パレスチナのアラブ人部隊を加えた軍勢

そして今なお「我々の住んでいた土地を返せ!」と主張するアラブ人と、「もともと私たちの先祖が神から授かった土地だ!」と主張するユダヤ人との間で、平行線をたどったまま、やまない対立が続いており、これを「中東問題」、「パレスチナ問題」と呼んでいます。



〔参考・引用〕
中経出版「図解/池上彰の世界の宗教が面白いほどわかる本」/総務省統計局/wikipedia