聖書と歴史の学習館

イスラームの概要最後にして最大の預言者ムハンマド

イスラーム(イスラム教)は、7世紀初めにアラビア半島でムハンマドによって啓示により創始された宗教です。唯一神「アッラー」を信じる一神教で、コーランを聖典としています。キリスト教、仏教とともに三大宗教の1つに数えられます。信者は「五行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)」と呼ばれる実践を通じて神とのつながりを築きます。イスラーム法に基づく法体系「シャリーア」では、信者の行動や社会の規範を規定しています。主要な宗派はスン二派とシーア派です。世界中で約16億人の信者がおり、文化や歴史、哲学が多様性を形成しています。イスラームの原則は寛容、公正、慈悲であり、平和の追求が重要視されていますが、異なる解釈や宗派間の対立も抱えており、政治的・社会的な課題として現れることもあります。

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イスラーム(イスラム教)の創始と布教

イスラームの創始者であるムハンマドは、610年頃にヒラー山の洞窟で瞑想していた際、大天使ジブリール(ガブリエル)から神の言葉を伝えられます。この啓示を覚えたムハンマドは、それを人々に伝えるために言葉をまとめ、それが後にコーランと呼ばれる聖典となりました。

最初はメッカで親戚や身内にメッセージを広め、妻や親戚が信者となりました。しかし、商人たちには受け入れられず、むしろ布教をやめるように忠告されました。それでもムハンマドは信仰の伝道を続け、結果として商人たちからの迫害にさらされました。

逆境にもめげず、ムハンマドは信者たちとともに622年にメディナへ移住しました。メッカでの布教活動は12年間で信者はわずか70人でしたが、メディナでは信者が急増し、630年にはアラビア半島を統一するまでに至りました。

なお、622年9月22日に行われたムハンマドのメディナへの移住は「聖遷(ヒジュラ)」と呼ばれ、これがイスラム歴の起点となっています。

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イスラームの神 アッラー

イスラームは「アッラーの神」を崇拝しているという言われ方をしますが、「アッラー」という名の神がいるわけではありません。アラビア語の「アッラー」自体に「神」という意味があるからです。つまり、アラビア語の「アッラー」は、英語でいえば「ザ・ゴッド」です。
アッラーはイスラームの神であるとともに、ユダヤ教の「イスラエルの神」であり、キリスト教にとっての「父なる神」でもあります。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの一神教の神はみな同じ神なのです。

創始者ムハンマド
性格一神教/世界宗教
信者数約16億人(2012年)
成立7世紀(布教開始610年頃/メッカ)
信仰対象神(アッラー)
預言者モーセ、アブラハム、イエス
ムハンマド(最後にして最大の預言者)
啓典/聖典「コーラン」、「旧約聖書」の一部、「新約聖書」の一部、「ハーディス」
儀礼・戒律六信
(アッラー、天使、啓典、預言者、来世、天命)
五行
(信仰告白、礼拝、断食、喜捨/寄付、巡礼)
シャリーア
(イスラム法)
特徴神への服従、平等、相互扶助
行事犠牲祭、断食明け祭
礼拝施設モスク
聖地メッカ(サウジアラビア)、メディナ(サウジアラビア)、エルサレム(イスラエル)など
宗派スンニ派、シーア派、イスマーイール派、十二イマーム派、アラウィー派、ドゥルーズ派など

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世界人口の5人に1人はイスラーム教徒

現在のイスラームの信者数(ムスリム)は16億人です。世界人口の23.2%(※1)です。キリスト教(約22億人)に次いで多く(※2)、現代の世界で大きな影響力を持っています。 地域別に見ると、次のようになっており、アジア・太平洋地域が最も多くなっています。

世界のムスリム人口

出典:ビュー・リサーチ・センター
「世界宗教動向に関する調査」2012年

国別に見ると、インドネシア(2.1億人)、インド(1.8億人)、パキスタン(1.7億人)、バングラデシュ(1.3億人)、ナイジェリア(7700万人)… となっており、アジア・太平洋地域が上位を占めています。日本にも約10万人(うち日本人1万人)のイスラム教徒がいます。

※1:世界のイスラム教徒(ムスリム)の人口=1,598,510,000人、世界人口(2010年)=6,895,890,000人

※2:キリスト教徒が世界人口の31.5%に当たる約22億人と最も多く、世界のあらゆる地域に広く分布しています。2番目に多かったのはイスラーム教徒の約16億人で、世界人口の23%を占めています。

※イスラム教徒はムスリムと呼ばれます。これは「神に身を捧げた者」という意味になります。ムスリムは、偶像崇拝を禁止し、神(アッラー)の前ではすべてのイスラム教徒は平等であるとされています。

スンニ派とシーア派の分布図

Source:United States. Central Intelligence Agency Muslim distribution


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六信

イスラームの教義では、神をはじめ、信じるべき6つの対象が決められています。これを「六信」とよばれています。

唯一神
(アッラー)
唯一の絶対神
(創造主であり、全知全能の神)
天使
(マラーイカ)
アッラーと地上の人間を取り持つ存在
(ジブリール、ミカエル、イスラフィールなど)
啓典
(キターブ)
「コーラン」
(神が人間に与えた最後にして最大の啓典)
預言者
(ナビー)
アダム・アブラハム・モーセ・イエス、ムハンマド(最後にして最大の預言者)など。
終末と来世
(アーヒラ)
死んだ人間たちは、生前の行いにより、最後の審判で天国か地獄に送られる
天命・予定
(カダル)
天命により神の意志が人間の行為に現れる。

※天使…イスラーム教が認めている「天使」には、大天使「ジブリール」や「ミ力エル」のほか、地獄の管理を任された「マーリク」「ザバーニーヤ」などがいます。一方、「悪魔」とは、神の命に背いて怒リに触れた「サタン(シャイターン)」のことです。なお、「ジン」は、アラビア半島で古くから信じられていた精霊・霊鬼で、「千夜一夜物語」に登場するランプの精などがこれにあたります。コーランでは「泥(=土と水)から人を、灼熱(=火と風)からジンを、光から天使が創造られた」と記録されています。


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五行

イスラームでは、正しい信仰は具体的な行為によって裏付けられるものとされています。その具体的な行為として義務付けられている宗教的儀礼が「五行」です。

※ラマダーン月の「断食」には、日中の飲食の他、喫煙や性行為なども絶ちます。これは、欲望から身を清めるという意味を持ちます。また、同じ苦しみを味わうことで、イスラーム教徒同士の一体感が高まる行事です。

信仰告白
(シャハーダ)
「アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒である」とアラビア語で唱える
礼拝
(サラート)
1日に5回、メッカのカーバ神殿に向かって、アラビア語で礼拝する
断食
(サウム)
ヒジュラ暦の第9月(ラマダーン月)に、日の出から日没まで飲食などが禁じられる
喜捨
(ザカート)
貧しい者や新しく改宗した者への支援を目的とする義務付けられた施し。
巡礼
(ハッジ)
ヒジュラ暦の第12月(ズール・ヒッジャ月)の8日から10日までの間に行われるメッカへの巡礼

※巡礼は、「経済的、体力的にメッカまで行く能力のあるもの」という条件が付されています。


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イスラームとキリスト教の共通点と相違点

イスラームとキリスト教は、預言者たちや聖典を通じて密接なつながりを持っています。イスラームの啓典である「コーラン」に登場する預言者たち(アダム、ノア、アブラハム、ロト、イサク、ヤコブ、ヨブ、モーセ、ダヴィデ、ソロモン、ヨハネなど)は、キリスト教の「旧約聖書」とも重なります。そして、24番目の預言者がイエス・キリストであり、25番目がムハンマドとされています。

イスラームの啓典には、「コーラン」だけでなく、旧約聖書のモーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)、ダヴィデの詩篇、新約聖書の福音書(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ)も含まれています。この共通性により、両宗教は歴史的なつながりを持っていることがわかります。

イスラームは、アダムが創始し、アブラハムが確立した一神教(アブラハムの宗教)に立ち戻るべきだとの考え方とともに、アブラハムの宗教が歪められたとするユダヤ教やキリスト教を正そうとする意志も見受けられます。また、イスラームは「最後の一神教」であり、ムハンマドが「最後の預言者」とされています。両宗教は共通の神のメッセージに根ざす一致点を持ちつつも、独自の教義や理念も持っているのです。

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最後にして最大の預言者ムハンマド

預言者とは、未来を予知する「予言者」とは異なり、「神の言葉を預かる者」を指します。イスラームにおいては、神はムハンマド以前の預言者たちにも言葉を授けてきたとされています。これにはノア、アブラハム、モーセ、イエスなど、聖書に登場する重要な人物が含まれています。神は歴史を通じて預言者たちに段階的に言葉を伝え、最終的にはムハンマドに人類に伝えるべき最後の言葉を授けたとされています。言い換えれば、神の意志を伝える言葉はムハンマドによって完結したというのがイスラームの立場です。そのため、ムハンマドはイスラームにとって「最後にして最大の預言者」とされています。

イスラームと過激派偏見を超えて理解する

イスラームの語源はアラビア語の「サラーム(平安/平和)」です。アッサラームというあいさつは「あなたがたに平安がありますように」「世界が平和でありますように」という意味を含んでいます。

しかし、一般的には、イスラムに関するイメージは「過激派」「テロリスト」「戦闘」など、平和とは対照的なものが先行しています。中東地域のイスラム原理主義の過激派がテロ活動を行う報道が多く、多くの人がこのような印象を持たれることは無理からぬことでしょう。

実際には、中東のイスラム原理主義支持者の中でテロ活動に加担しているのは「ごく一部」であり、「イスラム=過激派/テロリスト」や「イスラム原理主義=テロリスト」といった単純な構図は成り立ちません。冷戦時代には「日本赤軍」がテロ活動を行いましたが、そのような事例からも理解できるように、「日本人=テロリスト」という図式は成り立ちません。同様に、イスラーム教徒も中東地域のごく一部が関与しているだけで、全体としての評価はできません。

実際、中東のイスラムの人々は商売好きで陽気、親しみやすいとされています。また、イスラーム教徒は中東や北アフリカだけでなく、アジア・太平洋地域にも広く分布しており、この地域ではイスラーム教徒によるテロ活動がほとんど報告されていません。

さらに、2014年9月に始まったイスラム過激派組織「イスラム国」に対する国際的な取り組みでは、アメリカやイギリスだけでなく、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などのイスラム国家も参加しています。これは「イスラム」と「過激派・テロリスト」との一線を示しており、全てのイスラーム教徒が過激派ではないことがわかります。

〔出典・参考〕
ピュー・リサーチ・センター「世界宗教動向に関する調査」- 2012年12月18日/sarasayajp「イランという国で」/manapedia「イスラム世界の歴史」/「松岡正剛の千夜千冊」/ハミルトン・ギブ「イスラーム文明史」/成美堂出版「図解 宗教史」/wikipedia