「千の風になって」の科学的解釈

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「千の風になって」の科学的解釈

日本でよく知られている「千の風になって」という歌があります。歌詞の起源は、母を亡くして落ち込んでいる少女の友人が、彼女を励ますために、紙袋に書いた詩といわれています。日本語訳では「私のお墓の前で泣かないでください。千の風になって大空を吹きわたっています」という内容の詩です。

ここでは、霊魂ではなく、物質の話になりますが、「千の風になって」の歌詞を炭素の循環という科学的な視点で見た場合、興味深い結果になりますので、ここで紹介しておきます。


火葬されると炭素は世界中に飛んでいく

人間の体はタンパク質、糖、アミノ酸、脂質など炭素を含む物質が集まっています。人間に含まれる炭素は体重の18%と言われています。これを体重が50kgの人にあてはめて、科学的に炭素の個数を計算すると

451,500,000,000,000,000,000,000,000個

となります。

すべては、大気中の二酸化炭素(CO2)を植物が取り込み、穀物や動物を通し、人間が食物として摂取した炭素です。人間が火葬されるときには、これだけの炭素が二酸化炭素となって一気に世界中に飛んでいくのです。


亡くなった母の炭素も娘の近くに

ところで、地球に存在する大気の体積は、

5,110,000,000,000,000,000,000リットル

地球の重力の影響で、大気が宇宙へ逃げていくことはありません。上記の個数の炭素(451,000……000個)が大気中に拡散したとすると、世界中の空気のどこでも1リットル中に8万8000個もの炭素が含まれている計算になります。つまり、体重50kgの人が火葬されると、炭素は世界中を飛び回り、その数は世界中どこでも空気1リットルの中に8万8000個も含まれているということになります。

数年前に亡くなった私の祖母が持っていた炭素は、私のすぐ目の前にも存在していることになります。しかも、1リットルに対し、8万8000個ですから、かなり多く存在していることになります。

「千の風になって」の亡くなった母の炭素も、娘さんのすぐ近くを飛び回っていることでしょう。


時空を超えて炭素の循環でつながっている

もちろん、亡くなった方が持っていた炭素は、二酸化炭素(CO2)として、植物に取り込まれ、木々や草花になって、何年か経過して、再び大気に戻る炭素もあると思います。もしかしたら、ダイヤモンドになっているかも知れません。

こうしてみると炭素の輪廻のようなものをイメージできるのではないでしょうか。つまり、弥生人の炭素も過去の偉人・聖人と呼ばれた人の炭素も、人類が誕生する前の恐竜や植物の炭素も、私の近くを飛び回っているかも知れませんし、今の私の体の一部になったり、他の植物や動物になっているかも知れません。生きとし生けるものは時空を超えて、炭素の循環によってつながっているのです。

私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
あの大きな空を吹きわたっています

原典「Do not stand at my grave and weep」
日本語訳:「千の風になって」新井満



〔参考・引用〕
講談社「霊はあるか(安斎育郎氏/立命館大学教授)」